市販の時刻表からダイヤを読み取って書き写す。…文章に直すとたった21文字の行動なのに、何故か問題が沢山ありました。まずは書き写す路線をどの路線にするのかという事。単線区間だとものすごく楽になりますが、それだとあまりにアッサリと終わってしまいます。また複雑すぎるのも考え物です。ダイヤグラムというのは単純な構造ゆえ簡単に書き記す事が出来ますが、パッと見ただけで理解されなければ役に立ちません。複雑さの原因は首都圏や関西地域などに存在している『複々線』という路線形体にあります。
(JR西日本東海道線の複々線)
これらの路線は高速で走行する種別の車両と各駅に停車する車両を別の線路に用意し、運行系統を分けることを目的として敷設されています。確かにこれだとダイヤの設定も楽になりますが、これらを一つの図面に書き込んでいくと一見ではなかなか理解しにくい状態となります。また関西地域の鉄道会社はこの複々線をラッシュ時など有効に利用している場合があります。京阪電車の場合、本来各駅停車用として敷設されている路線に通過する列車を走行させ、他の優等種別の列車を次々と通過させています。これは大胆且つ画期的な方法として一部の方々の間では有名なお話となっていまして、そのためにダイヤグラムはますます複雑になっています。
(私を悩ませた複々線の信号所・写真は吹田信号所)
違う面で有名なのが京都駅から関西空港・紀勢本線へと走行する系統の列車です。利用客に便宜を計る為、かなり複雑な運行経路を示している場合があるのです。例えば関西空港へ向かう『はるか』という特急、この列車の運行経路を文章で説明しますと
『京都駅~嵯峨野線(山陰本線)・貨物線~向日町駅~JR京都線(東海道本線)~吹田信号所~貨物線~新大阪駅』(青字の部分だけ本来の複々線・これは関西空港行きの場合だけで、京都行きの場合新大阪駅からそのまま複々線に乗り入れる。)
…ね、ややこしいでしょ?このあと『はるか』は梅田貨物線と大阪環状線、関西本線を通過してようやく関西空港へと繋がる阪和線へと走行していきます。これらの列車も考慮してダイヤグラムを書き込みますと、そのダイヤグラムを判読する行為そのものが『神の領域』に入り込む可能性があります。私はちょっとおかしいところもありますが、どこにでもいるようなタダの味気ない人間です。そこまで高望みは致しません。でも、色々な列車が走っているところのほうが見栄えもいいですし、書いていてちょっと面白いかも…。そこで思いついたのが…。
(交通出版社発行・JR時刻表2007年1月号より)
JR九州鹿児島本線・博多~鳥栖間。この区間は現在の日本の在来線の中で最も高頻度の特急列車が走行している区間であり、車両も電車・気動車・客車と多種多様な状態。これはく私に『ダイヤグラムを書き起こすのだ』と命令しているかの区間であります。それでは早速ダイヤを書いてまいりましょう。現在パソコンでは時刻表の数字を元にダイヤグラムを製作してくれる『WinDIA』なるフリーソフトが配布されていますが、今回はあえて
方眼紙、つまり手書きで再現していくことにします。1ミリの隙間を縦軸は距離、横軸を時間と設定します。1ミリで100メートル、1ミリで1分にしたところA4サイズの紙では足りないという事態に。急遽紙を継ぎ足し、書き記す際のことも考えコンビニでコピー。B4サイズとなった方眼紙を一気に貼り付けていきます。
…長いなぁ。24時間分になったのでほぼ2メートル分の長さとなりました。あとはここに記載していくだけです。…そう、ここまでは楽しかった。夢の様な世界、私が中学生の頃体験していたバブル経済を思い出すかのような順風満帆の世界がこの時広がっていました。しかしその世界は即座に打ち砕かれることとなります。
書き始めたのは1月の8日、世間では成人の日として大人の世界へ一歩踏み出した若者を祝う日です。その祝う席で酩酊した少年が起こした事件を『未成年だから』という理由で「19歳の少年」と伝えるテレビの報道はどうなんだろう?…なんて思いながら赤いペンを紙に走らせます。ちなみに赤いペンは熊本方面へ向かう『リレーつばめ』・『有明』号を示しています。そう、この頃はまだ『大変だけど頑張るぞ!』という思いがありました。

1月9日、順調に見えたラインの記載が徐々にヤバい状態になってきました。よく考えれば『リレーつばめ』だけで片道31本、これに『有明』が15本。単純に往復したとして92本の線を書き連ねなければいけないワケです。好きで始めた行動なのに何故か思い浮かべるのは『行き当たりバッタリ』で進めてしまったという後悔の念。それに追随するかのように過去の過ちが脳内に溢れ出します。…ああ、あの時きちんと告白しておけばよかったとか、あの会社に入社しておけばこんなことにはならなかったとか。

1月10日、作業の進展を加速させた途端に間違って記入。ああなんて事をしたんだ、とまた自分を責める始末。しかし責めていても始まりません。まだまだこのダイヤグラムに書き込まなければいけない列車は沢山あります。長崎本線へと向かう『かもめ』に佐世保へと向かう『みどり』、森の家へと向かう『ハウステンボス』、久大本線経由の『ゆふいんの森』『ゆふ』『ゆふDX』、そして忘れてはならない夜行列車の『あかつき・なは』と『はやぶさ』…。

煌々と照らされる明かりの中、私は何時の間にか眠っていたようです。『思わず手元にカメラがあったので撮影してみた』と兄に言われ、画像を確認。その時苦悶に満ちた表情からは一体夢の中で何があったのだろうかと思えるほど。

そして1月11日。ここで大いなる決断を私はすることにしました。『今回は普通列車の記載を取りやめて優等列車のみの記載にする』…。事実上のドクターストップです。
やられました。JR九州にコテンパンにやられてしまいました。
特急王国と言われて久しいあの鹿児島本線に。K-1に例えるならば『曙』、紅白歌合戦に例えれば『DJ OZMA』。思えば無謀な戦いだったのかもしれません。しかし、無謀な戦いとはいえまだ終わらすわけにはいきません。『例え倒れる時でも、必ず前のめりに。』勇者特急隊もそう語っています。そして深夜23時24分…
九州旅客鉄道株式会社鹿児島本線・博多~鳥栖間優等列車用ダイヤグラム、堂々完成!
…長かった、本当に長かった。思いつきが元で始めたこの行為、誰からも褒められるわけでもなく、ただ純粋に書き連ねた行為が今ひとつの形としてこの世の中に現れました。形にして気づいたのですが、この一本のラインには必ず人が携わっています。乗客の皆様だけでなく、運転手さん、車掌さん、客室乗務員さん、そしてお客様…。そう、このラインは人生に関わる大きなラインなのだということ。鉄道会社のダイヤ担当者の方々はその思いを乗せてこのラインを引いているのかと思うと何故だか急に胸が熱くなってきました。
…人の英知が結集されたこのダイヤグラム、私は彼らの思いを感じつつ今年も『鐵の道』に精進してまいります。
(オマケ)

あのままだとジャマなので、とりあえず丸めてみました。なんだか卒業証書みたい。