2011年8月24日 (水)

新青森:第十話

 試験が終わった。

試験会場まで新青森駅から約4時間、ホテルにいたのが約9時間、そして試験は自画像を3時間の間に描く。最初丁寧に書いていたけれど、なんだか途中でバカらしくなって殴りつけるように書いた。結局試験会場にいたのは試験の前後も含めて2時間ちょっと。試験会場では一番最初に退出しちゃった。

試験だけを受ける。それだけのために私は東京までやってきた。それだけじゃ勿体ない、東京は都会なんだから、もっといろんなものを見ていこう。ヒルズも、ミッドタウンも、サンシャインも見ていこう。……そう、思っていた。だけど、今は帰りたくて仕方が無い。

祭じゃないかと思う位人がいる。外人も多い。街にはテレビで見た事のあるショップが至る所にある。欲しかった洋服、かわいいアクセサリー、素敵なカフェ。私が憧れていたものが全てある。だけど、それは「あるだけ」だった。

それが確認できただけでもヨシと思わなきゃ。駅前のネットカフェに飛び込んでシャワーを借り、冷や汗なのか火照りから来る汗なのかよくわからない汗を洗い流す。よく考えたらネットカフェも行きたかった場所だった。狭く区切られた薄暗い空間で何がしたかったんだろう。自分の座席で携帯の充電をして、トウキョーさんにメールを送る。

『東京なう。楽しいよー』

これは私の精いっぱいの強がりだ。

帰りの夜行列車の出発は21時。おしゃれなパンとお茶を買って夜行列車に乗り込む。「あるだけ」の街は窓枠という名の切り取られた空間から見えるだけとなった。

「夜行列車は何があるかわからないから」

という理由で女性しか乗らない車両の指定席をトウキョーさんは取ってくれた。普通そういう時は個室じゃないの?って言うと

「個室は個室で狭いよ」

……確かに席を確認したら狭かった。用意してくれた座席はふとんや枕が無いけれど、ごろんと寝転がるには最適の場所。やっぱり広いところがいいなと思う。……ただし、化粧品のにおいがきついけれど。

列車は一路私が住んでいる町へと走り出す。心地よいレールの音が体全体に響き渡るのだけれど、なんだか眠れない。時々列車は真夜中の駅で停車する。ホームの電気は付いているのに、駅名が書かれたところだけは付いていない。そしていつもは人がいるであろうその空間に誰もいない。なんだか不思議な感じがした。

(あーあ、このままだと眠れないかな。)

そう思いつつ明日の為と割り切って、私は自分の座席で横になった。

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新青森:第九話

 東北新幹線が全線開業した。青森が一気に東京と繋がった。それと同じく、僕と彼女も繋がった。

あ、繋がったといっても肉体的なというか、エロス的な展開というか、そういう青年漫画雑誌的な展開にはならず、相変わらず妹とお兄ちゃん状態だけど。連絡先を交換して、一緒に青森県の美しい風景を見に行く。ただそれだけで、それ以上の関係なんか築くことは難しかった。

ただ、新幹線が開業した事で僕は猛烈に忙しくなった。地方のモータリゼーションはかなり進んでいて、青森駅を利用していたお客さんの大半が直接新青森駅へとやってくるようになった。そりゃあ駅前に900台も駐車できるのだから、直接来るのも頷ける。これを見ていて僕は久しぶりに車を動かそうとセンパイに話したら

「あ?トウキョーは雪道で死にたいってか?」

……なるほど、僕はまだまだ都会の子と認識されているみたいだ。確かにまだまだ雪道は怖い。いくら青森の道が整備されて、傍目からは普通の道と同じように見えているとはいえ、そこはやっぱり雪国。僕はその意見に素直に従うことにした。やはり僕は鉄道マンなのだから、鉄道を利用しないと。

仕事を終えて木瀬狩駅まで電車で帰る。車窓はもう晩秋、いつ雪が降ってきてもおかしくはない。白一色になるのかと思えばなんだかワクワクするけれど、それが生活に直結すると思うとぞっとする。晩秋の風景なのに、東京よりも寒くなっている。ボンヤリと白く曇っていく窓を眺めつつ、僕は彼女にメールで連絡を取った。

 

「題名:トウキョーです。

 日曜日、久しぶりに休みが取れたのでどっか行こうか」

『題名:RE:トウキョーです。

 おっけーです。何着ていったらいい?リクエストは?』

「題名:RE:RE:トウキョーです

 >>リクエストは? 

 十二単」

『題名:ちょっwww

 拙者いとおかしき平安貴族じゃないぞなもしwww』

 

いつもの通り木瀬狩駅で待ち合わせ。結局彼女は十二単を着ることなく普通の姿でやってきた。僕にとって久しぶりのデートは面白かった。単純に会えるだけでも楽しいのに、場所が僕にとって未知なる場所でのデート。見るもの、触るもの、食べるもの、その全てが僕にとってかけがえのないものになっていく。

「……そういえば、勉強してる?」

『へ?なして美味しいコーヒーさ飲んでる時にそんな事言うの』

確かにコーヒーはおいしかった。美術館に併設された喫茶室だというのに趣がある室内としっかり真のあるコーヒー。そんな場所で勉強の話を出す、ちょっと会話の選択を間違えた気がする。

「ほら、大学に進学するんでしょ。センター入試とか色々あるんじゃないの?」

『大丈夫、芸術大学って推薦入試っていうのがあるから。』

「あ、芸術系の大学に行くんだ?」

『そうそう、お金はかかるって言われてるけれど、やっぱり自分のやりたい事をやらないと。』

そういうと彼女は目の前にあった僕のケーキからイチゴを盗んだ。

「あ、オレのイチゴ!」

『へへーん、食べてなかったのが悪いんですよーっと!』

「……チクショー、最後まで取ってたのに。うわ、マジでヘコむわ。」

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2011年8月11日 (木)

新青森:第八話

 何事も終わりがあれば始まりもある。たどり着いたらそこがスタート、どこかの歌手が歌っていた歌にもそう書いてある。あの日、僕は彼女への思いを言葉にした。そこから僕と彼女の恋物語が始まった。

……となれば、一冊の小説が書けるんだろう。実際のところは「面倒見のいいお兄ちゃんとやんちゃな妹」という感じだ。メールアドレスは聞いたものの、恋愛に発展するにはまだまだといったところか。

それに僕の周りも忙しくなった。駅業務の引き継ぎがある。直営の駅から簡易委託駅になるということは、駅の窓口をほぼ入れ替えるということになる。みどりの窓口に置いているマルスだって、簡易的なシステムのものに入れ替えた。色々と制約があるこのマルスは正直使いにくい。だけど次から使用する人にとっては初めてのシステムだろう。

また、駅舎の中も少しづつ変わり始めた。待合室が閉鎖され、新しい建物のデザイン画が貼られている。結構大きな建物になるようだ。壊されるはずだった今の駅舎も、僕らが使っている場所は残され、宿泊施設になるらしい。

駅前食堂は僕が新青森駅へ移る前に閉店した。ラーメン食べなきゃな、と思っていた矢先の出来事だった。カーテンが引かれた入口に若干の違和感を感じるけれど、今後はこの建物の場所に新しい何かが出来るんだろう。

そして、僕の木瀬狩駅勤務最終日。簡易委託駅移譲になるにはまだ日程があるものの、僕はそれまでの間に休暇を貰った。久しぶりに東京へ戻ろうと思ったからだ。単純にセレモニーが苦手だというのもあるけれど、逆に最後の日にセレモニーが無いというのは少し寂しいものがある。流石にソレは寂しいので、前の日に彼女へ「今日で木瀬狩駅最後の勤務だよ」とメールで伝えたものの、返信は

『修学旅行で沖縄なう』

……とりあえず、お土産を期待する旨のメールを送信するしかなかった。「ちんすこう」でも買ってくるかなと思ったら、シーザーの置物を買ってきた。ある意味大胆、そして冷静な沖縄土産をありがとう。

センパイは最終日まで木瀬狩駅に留まるという。次の勤務先を聞くと何故かお茶を濁した。定年前に辞めると前々から聞いていたので、この分だと本当に辞めるのかもしれない。お花でも用意しようと思ったけれど、僕らしくないなと思ってやめた。

 

 

東京へ帰り、また夜行列車で木瀬狩駅へ戻る。僕が帰ってきた頃にはすっかり駅員ではない定年を過ぎて暇を持て余しているおじさんがきっぷを回収していた。窓口にも見慣れない女性が座っている。駅前食堂もカーテンが閉まったまま。もう僕が来た頃の木瀬狩駅は無くなっていた。

一旦アパートへ戻り、制服に着替えて青森駅へ。青森支社の窓口で新たな辞令を受け取る。新青森駅の新幹線窓口が新たな仕事場だ。開業までは一ヶ月半あるから、まだまだ駅員としてではなく、電話での応対や各セクションの調整がメインの仕事となる。

(……いよいよだな。)

本当なら明日からの勤務になるけれど、どんな職場なのか気になった。僕は失礼を覚悟で新青森駅に降り立ち、新幹線の改札口へ出向いた。新幹線の駅に勤務するのは初めてだったから、どういう雰囲気なのか正直戸惑った。だけど、まだ開業直前じゃなかったからか、東京の人がイメージするような東北の空気がそこにはあった。

 

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2011年8月 9日 (火)

新青森:第七話

 駅そのものは20年ほど前には開業していた。何も無い場所にぽつりと建っている駅。駅員も人もいない、そんな寂しい駅だったそうだ。そこに今は大きな建造物が建ち、新幹線がたどり着いて、人が集うようになる。

ボンヤリと明かりに照らされた駅を見て、僕はこう思った。。

(大きい、駅だな)

東京に住んでいる時の視点だったら、新青森駅は小さな駅舎だと思ったのかもしれない。運転本数も、利用者数も、山手線の駅よりも少ないはずだ。なのに、僕は新青森駅を見た時「大きい駅だ」と感じた。

何も無い土地にはこれからビジネスホテルや商業施設が建っていくのだろう。そしていつの間にか新青森駅が賑わっていく。そんな姿を幾度となく僕らは見てきた。この駅はその大きな町を生み出す大きな駅になる。

……そこに僕は赴任する。もうすぐ僕はこの駅の駅員になる。

身震い、ただ駅の風景を見ただけなのに。

 

気づくともう夕闇がそこまで迫っていた。自転車のライトを付け、夜道になりつつある国道をひたすら走る。車窓の横にある線路を何両もの車両を連結した貨物列車が走り去っていく。気づくと空には星が輝いていた。

僕の住んでいるアパートまでは木瀬狩駅よりも秋田寄りにある。一旦木瀬狩駅の前を通過しなくてはいけない。駅舎にボンヤリと明かりが付いている風景はいつも見ているが、今日は特に温かく感じた。僕がこの駅舎を立ち去った後も、この駅には人が集うようになる。ただこの木造の小さな駅舎では無くなるのがちょっと残念だ。

『あれ、トウキョーさん?』

麻衣ちゃんだ。

「あれ?どうしたの。今日はお店休みだったよね?」

『そうなんだけど、ほら、店閉めるのに色々話したい事あるから来てくれーっておばちゃんに言われて。』

「へぇ、珍しいね。何だったの?」

『うん、ラーメンスープの作り方。』

「え、ラーメンスープ?」

『そ、鶏ガラと昆布と煮干し、それに玉ねぎ、ニンジンとか入れるんだって。それを全部メモして覚えとけーって。』

「おばちゃん、なんでそんな事教えようとしたのかな。」

彼女は僕の目を見て満面の笑みを浮かべた。

『トウキョーさんに食べてもらえって。』

ドキッとした。

「な、な、何を言っちゃって」

『ちーがーう。食べ物、特にラーメンスープの作り方を覚えておけばカレーやシチューなんかの他の料理に応用できるから、覚えておいた方がいいっておばちゃんが言うんだ。確かにあのスープは色々な料理に応用できるなーって、作ってわかったんだ。』

「あ、……なるほどね。」

『それに、料理覚えておいたら東京に出た時色々便利だ、って。』

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2011年8月 6日 (土)

新青森:第六話

<ねぶた>が開催された初日、彼女の弟さんと親父さんは車で青森市内へ向かっていた。もちろん目的は<ねぶた>。ちょうど彼女が東京から帰ってくる日だったので、青森駅近くで一緒に<ねぶた>を見ようと計画したそうだ。

親父さんが通勤で使って慣れていた国道だったこともあり、油断していたのかもしれない。交差点を通過した際、大型トラックが横から飛び出してきた。車はトラックからの衝撃をそのまま受けて大破する。

親父さんは一命を取り留めたものの、弟さんは助からなかった。相手の運転手が飲酒していたということもあり、この事故はローカルニュースとして青森県内を駆け巡ったらしい。

『だからね……あの子、こういう場所に来たらどこかでいそうな気がするの。賑やかな場所が好きな子だったから。』

「ごめん、……そういうこと話すの辛いだろ。」

『ううん、大丈夫。事故があったのは十年ぐらい前の話だから。』

「だから、さっきあんな事を言ってたんだね。」

彼女は小さく頷いた。それから僕はどういう会話をしていいのかわからなかった。元気づけようとしても、明るい雰囲気にしようとしても、僕の頭の中に彼女を元気にさせるような言葉が出てこなかった。僕と彼女は何も言葉を交わすことなく青森駅へ向かい、行きと同じ銀色の電車に僕らは乗り込んだ。

都会の電車ではありがちなロングシート。ちょうど隣り合わせになれるような席があったのでそこに僕らは座った。

『こっちの座席、もしかしたら夕日が直撃しないかな?』

彼女の声にちょっと驚いたけれど、僕はすくっと立ちあがり正面にある窓のカーテンを降ろした。

「カーテン下ろせばなんてことない。大丈夫。」

『……うん、アリガト。』

彼女の頬がちょっと赤くなった。この機会を逃してなるものか、と僕は勇気を振り絞った。

「あ、あのさ。8月の<ねぶた>、僕と一緒に」

 

ピリリリリリ、ピリリリリリ

 

携帯の着信音が車内に響く。発信者はセンパイだった。何かあるかもしれないとホームへ降り電話に出ようとするものの、ボタンを押す直前に着信が切れた。

「なんだよ、モォ。センパイ何があったんだよ」

僕はセンパイにリダイヤルした。それと同時に電車のドアが閉まった。

明らかにビックリした表情で彼女は電車の中から僕を見つめていた。こういう時って発車ベルが鳴るんじゃないのか?大きく車体を揺らしながら一路電車は木瀬狩駅の方向へと進んでいった。

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2011年8月 5日 (金)

新青森:第五話

 不思議という言葉の意味を僕は考えていた。いや、考えてようとしても考えられないなんだかふわふわとした感情、こういうことを不思議と言うのか……。いや、そうじゃない気がする。

あの<ねぶた>から約一週間。お盆の帰省ラッシュが始まり、駅では老人とと若夫婦一家の出会いが目に付くようになった。ちょうど改札口の目の前を小学生らしき男の子が通って行った。虫取り用の網と籠を携え、夏を満喫しようという気マンマンだ。

(あの子と同じぐらいだよな。)

笑顔で駅から出ていくその男の子の後姿を見て、僕の心には少し複雑な感情が生まれた。

 

 

 

 6月のある日。僕はセンパイの親戚が作っているという<ねぶた>を麻衣ちゃんと見に行った。約束の時間までちょっとあるという口実の下、青森駅近くの「アウガ」というビルの地下にある市場でご飯を食べた。食べ終えた後は上の階に行ってウィンドーショッピング。

(うん、完全にデートですね。わかります。)

流れでデートみたいにになってしまったけれど、これはこれでいいかもしれない。このままいい感じで恋人関係になっちゃって星空を見ながらギュッと肩を抱いて……って、彼女はまだまだ高校生。色々と問題になる事は明確だから、少しは節制しよう。

 

『ねーねー、トウキョーさん。こういうワンピースってどうかな?』

彼女が洋服を見定めては僕に意見を聞いてくる。こういうのって「デート」っぽくてちょっと嬉しい半面、センパイに見られたらどう言い訳しようかちょっとだけ困る。

「へぇ、フリルが付いて可愛いね」

『そーでしょー。ココのお店東京に本店があるんだよー。』

「……だからか。お値段は可愛くないね。」

『そっかなー。……あれ、私値段の桁ひとつ間違えちゃった。』

(……うん、これだけ聞いたらデートですね。)

予定の時間まで約30分、そろそろ移動しておこう。

「そろそろここもおしまいにして、<ねぶた>作ってる所に行きますか?」

『そっだねー。アスパムの近くらしいから案内してあげるよ。』

「場所、わかるの?」

『ん、何となくねー。ま、地元の人間だから大丈夫!』

 

その言葉を聞いてから、僕らは30分程度青森の街をブラブラ散策した。いや、正確に書くと迷った。本当ならアウガというビルから歩いて10分位の場所にあるという。

『いやー、面目ねぇ』

なんて彼女は謝っていたけれど、僕は他の街とは違う風景にかなり満足していた。青森駅には過去幾度か研修という形で訪れているけれど、コンパクトなんだけど、住みやすい街だなって思う。

ちなみに「アスパム」というビルは、特徴的な三角形の形状を模したビルのことらしい(これは街の人に聞いて初めて知った)。青森ベイブリッジという青森駅から見える橋のたもとにある。そのビルの下に、空の青に映えるような白い大きなテントが建っている、これが<ねぶた>を作っている場所なんだそうだ。

青森駅は幾度となく研修で訪れていたけれど、観光という形で青森駅を降りたのは初めて。その上普通は公開していない<ねぶた>の制作現場を見学できる。しかも横には麻衣ちゃん。……うーん、これは夢か現実か。

 

白いテントに近づいて、センパイの親戚が担当している<ねぶた>のテントを探す。困ったことにセンパイの親戚はすぐ見つかった。というか、向こうが僕らの事を見つけてくれた。センパイ曰く「オレとよく似ている」なんて言ってたけれど、それ以上。瓜二つという言葉がこれほどピッタリ合う人だとは。

「いやあーよく来たなー。まぁこっちこい!こっちこい!」

もちろんこの人も先輩に負けず劣らず陽気で喋りまくる人で、<ねぶた>の規模や熱気をものすごいテンションで教えてくれる。東北の人達ってこんなに情熱家だったのか、それともセンパイの一族がおしゃべりなだけなんだろうか。僕はちょっと引いてしまった。

「ああ、そうだそうだ。お前さん達はちょっとだけついてるぞ」

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2011年8月 4日 (木)

新青森:第四話

『あの時のトウキョーさん、面白かった―。』

僕の横で彼女が笑う。銀色の小さな電車、乗客がまばらな車内のロングシートに僕たちは陣取って喋っていた。

「そりゃそうだよ、あのままだとホントに青森駅まで連れて行かれんじゃないかと思ったんだからさ。」

『断るのに「僕、洗濯物干しっぱなしなんです」は無いよぉ。』

確かに僕はあの日、日勤だったから洗濯物を干して勤務に入った。木瀬狩駅から僕のアパートまで自転車で20分、頑張って走って12分。それに加えて空模様が怪しかった。洗濯ものが濡れるかもしれないと思った僕は必死に抵抗した。

『生活感丸出しでちょっとガッカリしちゃった。』

「ひとり暮らしっていうのはそういうもん。一人で全部やらないといけないわけ」

『ご飯も?』

「そう」

『掃除も?』

「そう」

『もしかして、ゴキブリ退治も?』

「そう」

『やっぱり私、ひとり暮らし無理だわー。』

そういうと、彼女はガッカリした表情になった。

「……ま、そういうのって慣れれば大丈夫だからさ。」

『慣れるって、どれくらい?』

「うーん、僕は高校3年生の時からひとり暮らししてるから……」

『え?今の私と同じだ。』

「最初は僕も嫌だな、面倒くさいなって思ってたけど、慣れれば結構楽しかったりするよ。洗濯だって半分以上は機械がしてくれる、掃除だってコツをつかめばあっさりできる。」

『そんなもんなの?』

彼女の表情が急に明るくなってきた。

「そんなもの。料理も作りたくないなーって思えば冷凍食品をチンしたり、スーパーやコンビニで買ってきて食べればいい。毎日キッチリ食事を作るって考えないのがひとり暮らしの鉄則かな。」

『あー、そう考えれば楽かも……。それじゃあ、ゴキブリ退治は!?』

「……僕もソレは苦手。」

『はー、やっぱり私には無理だ。ひとり暮らしは諦めよう。』

……ゴキブリ退治でひとり暮らしを諦めるのか。高校生の頃ってものすごく狭い了見の中で判断してしまう。僕も高校生の頃はこうだったんだろう。このままいくと彼女はどんどんドツボにはまっていきそうだ。ちょっと話題を変えてみよう。

「ところで、<ねぶた>って何なの?」

『<ねぶた>は<ねぶた>だ。』

「……いや、その<カモメが飛んだ>みたいな言い方じゃなくて。ほら<ねぶた>って僕みたいな地元の人じゃない人からすると、あの人形みたいなやつがパレードするみたいな感じだからさ。何が由来とか楽しみ方とかあるのかなー、なんて。」

『あ、そういうことね。それなら私がトウキョーさんに教えてあげましょう!』

「……お願いします。」

僕は何故か知らないけれど、とりあえず頭を下げた。

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2011年8月 3日 (水)

新青森:第参話

(へぇ、思った以上に早くなったんだな。)

僕は事務室で野菜ジュースを飲みながら(本当はいけない事だけど)広報用の資料を読んでいた。本当なら観光シーズン直前に開業すればいいのに12月に開業させるとの事。冬場に強い新幹線をイメージづけたいということなんだろう。まぁそれ以外に九州新幹線と同時期に開通するのを避けたのかもしれない。比較されるとインパクトが半減しちゃうからな。

「冬場に開業かぁー。こりゃちょっと大変だろうな。」

新幹線の開通に関する広報用資料をポンポンとまとめて封筒に入れ、所定の位置に戻す。広報用資料とはいえまだまだ部外秘の資料、そうそう公表するわけにはいかない。飲んでいた野菜ジュースの紙パックをゴミ箱へ捨て、もう一方の在来線の新ダイヤについての資料に目を通す。どちらかと言えば僕らはこっちの方が大変になる。

 

「きぃせがりぃぃぬおぉぉー、なつぅぅーわぁぁぁー、なぬもぉなぁぁいぃーなつですぅー、っと」

ガラガラガラ。

陽気な歌声と共にセンパイが帰ってきた。運行の担当だと聞いているけれど、センパイは僕が思っている以上に先回りして動く人だ。今は駅舎の補修だそうだ。少なくともこういう作業は駅員さんがやるような仕事じゃないのに。

「センパイ、何やってたんですか?」

「いやー、冬が来る前に建物の傷が目立つなーって思ったから、慰めてやってたんだ。傷付いたか、そーか、よしよしよし。」

(ペンキが付いていた刷毛でエアーペンキ塗り。……そこまで見せなくてもいいのに。)

「そういうのって、保線の人がやるんじゃないんですか?」

「なーに言ってんだトウキョー?こういうのはさっさと始めた方がいいんずや。待ってるとお客さんに迷惑がかかるかもしれねから。」

そういうとセンパイは自分の定位置に座った。すぐ近くにはポイントを切り替えることが出来る装置がある。もちろん現在は非常時以外触る事が無い。思った以上に現場で出来る作業は無いのだ。

「きょーも安全安全。秋田のCTC様ありがとうございます、ってか。」

「センパイ。広報用資料ココに置いておきましたんで目を通しておいてください」

「あ?広報って何かねじゃか?」

「ええ、新幹線の開業が12月に決定したみたいですよ。」

僕の言葉を聞いた瞬間、センパイの顔が一気にほころんだ。

「おお、12月に決まりか!そうかそうか」

「それでですね、新幹線開業と同時に在来線のダイヤが大幅に変わるみたいです。新青森駅で特急を長時間留置したりするので、現在のダイヤから」

 

 

ガラガラガラ。

「トウキョー、ちょっと出かけてくるわ」

「あ、はい。……ってみんなに新幹線の話するんじゃないんでしょうね!」

「ピンポーン!さぁ新しい鉄道の扉を開きましょー!ってか!」

「ちょ、ちょっと待ってください!ソレ一応部外秘のことなんですから、ちょっとセンパーイ!」

 

 

木瀬狩駅近くに、ある意味衝撃が走った。

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2011年8月 2日 (火)

新青森:第弐話

(……うるさいなぁ。)

社会人としては不適切な言葉を心の中で呟いた。社会人になって2年目、24歳の僕はまだまだ人生の経験というものが無い。だけど、これほどうるさい人が駅員として勤務しているのは生まれて初めてだ。

鎌田善人(かまだよしひと)、国鉄時代を知っているザ・鉄道マン。年からすると僕の親父以上の人なんだけど、僕は「センパイ」と呼んでいる。

思えば初めてこの木瀬狩駅に到着した時、そこからセンパイはうるさかった。駅のホームへ降り立つなり大声で僕を呼び止め、聞かれもしないのに自己紹介を始めた。それも流暢な津軽弁というヤツだ。ちょっと前、フランス語っぽいけれど実は津軽弁を喋っているコマーシャルがあったけれど、それよりももっと異国情緒を増やしたような言葉だ。同じ日本だとは思えない。

「わは運行の担当だばってら、おめには窓口での接客ばお願いするはんで。聞くトコによるとマルスの扱いは慣れてらんだんずね。そういやおめは現代っ子だばってら、お茶の子さいさいだべな?」

……何となく言ってる事はわかる。とにかく僕は窓口を担当すればいいんだろう。わかりましたと言葉少なめにして、僕はマルスの前に陣取った。少し古いタイプのマルスだけれど、この規模の駅だと発券する行先はほぼ決まったようなものだ。後はダイヤを覚えておけば、何とかいけるだろう。

この窓口からプラットホームまでちょっとだけ距離がある。なのに聞こえるセンパイの声。お客様だけでなく、時には自作の歌をホームで歌って、軽くステップを踏んで階段を上り下りしてたりする。とにかくうるさい。見ているだけでうるさい。

 

 

『あんれ?新しい駅員さんがきだんだんずな?』

おばあちゃんなのかおばちゃんなのか、境界線が判りづらそうな女性が声をかけてきた。

「ええ、今日から配属になりました。よろしくお願いします。」

『へぇ、その言葉づかいからすると、東京からきだんだね?』

「ええ、東京です。まだこちらの言葉に慣れていないもので……。」

『大丈夫よー、こっちもわかりやすいように標準語で喋るからー。』

そういうと何がおかしいのかわからないけれど、その女の人は笑いだした。箸が転んでもおかしい年頃は当の昔に過ぎ去ったはずだ。

『あー、もうおかしいってー。』

「ところで、今日はどのようなご用件で……」

『あ、そうそう。切符ば買わないとね。青森まで往復、自由席の特急券も往復一枚。』

僕はマルスに手を伸ばし、ペシペシと画面を叩いて往復の切符と特急券を発券した。

『へぇ、駅員さんその機械触れるのけ?』

「ええ、触れないと切符が作れませんから。」

『そーなのかい?鎌田さんはいつも切符出す時に四苦八苦してるんだけど。しかも時間が無い時なんかは「汽車の中で買って」って言ってるもんで』

……あの人、マルスの使い方がわかんないのか。

「鎌田さんは運行を主に担当してらっしゃるみたいなんで、どちらかといえばこういう作業は不得手みたいですね。えーっとこちらが自由席の特急券が2枚、そしてこちらが往復の乗車券です。」

『はい、お金ね。ありがとねー』

境界線が判りづらい女性は軽快に階段を駆け上がり、青森駅行きの特急列車へ乗り込んでいった。

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2011年8月 1日 (月)

新青森:第壱話

「オレ、ついてないなー。」

夜行列車の車窓から見慣れた街並み、それを気にせず僕は貰った辞令を読んで呟いた。入社二年目、普通ならありえない転勤。しかも東京から青森県。平たく言わなくても、左遷だっていう事はよくわかる。

(ま、仕方ないか。どうせ運で入社したんだし)

現代社会、特に超氷河期と呼ばれている時代。無名の三流大学でのほほんと4年間を過ごし、大学の就職課からは「無理」と言われた鉄道会社。「どうせ通らないのなら」と高卒向けの求人にしゃれっ気満載で履歴書を出してみた。そうしたらあれよあれよという間に面接を突破し、入社してしまった。どうやら僕の運は入社した時点で尽きたみたいだ。

「それにしても、辞令が出て移動するっていうのに夜行列車って無いだろ。」

ギシギシと音をたてて揺れる車内、40人ほどが乗車できるであろう開放型B寝台車両。4人用の隔離された小部屋らしき場所に僕は一人で陣取っていた。これだけ閑散しているから、青森支社は僕を意図的にこの列車に乗せたんだろう。

レールのつなぎ目の音が車内に響く。列車はいくつかの駅に立ち止まるけど、僕の周りには誰も来なかった。カーテンを閉め、読書灯を付けて本に目を通す。売店の片隅に置いてある何時からあるのかわからない古ぼけた文庫本だ。僕と同じように寝台列車に乗って、そこで殺人事件が起こる。

(こんな事件、ありえないよなー。普通殺人事件が起こったら車内から人を降ろさないし。)

車内放送のチャイムが鳴って、部屋の明かりを車掌さんが一つ一つ消していく。寝付けない僕は文庫本を片手に殺人事件の犯人を追っていた。気づくと列車はどこかの駅に止まっている。駅は幾つかの照明が付いているものの、人気が感じられない独特な寂しさに包まれていた。

(次に配属される駅も、こんな感じなんだろうな。ま、夜行列車があるだけマシか)

到着時間は朝8時、それまでの間に出来る限り寝ておこう。僕は瞼を閉じて列車に身をゆだねることにした。

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