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2011年8月 6日 (土)

新青森:第六話

<ねぶた>が開催された初日、彼女の弟さんと親父さんは車で青森市内へ向かっていた。もちろん目的は<ねぶた>。ちょうど彼女が東京から帰ってくる日だったので、青森駅近くで一緒に<ねぶた>を見ようと計画したそうだ。

親父さんが通勤で使って慣れていた国道だったこともあり、油断していたのかもしれない。交差点を通過した際、大型トラックが横から飛び出してきた。車はトラックからの衝撃をそのまま受けて大破する。

親父さんは一命を取り留めたものの、弟さんは助からなかった。相手の運転手が飲酒していたということもあり、この事故はローカルニュースとして青森県内を駆け巡ったらしい。

『だからね……あの子、こういう場所に来たらどこかでいそうな気がするの。賑やかな場所が好きな子だったから。』

「ごめん、……そういうこと話すの辛いだろ。」

『ううん、大丈夫。事故があったのは十年ぐらい前の話だから。』

「だから、さっきあんな事を言ってたんだね。」

彼女は小さく頷いた。それから僕はどういう会話をしていいのかわからなかった。元気づけようとしても、明るい雰囲気にしようとしても、僕の頭の中に彼女を元気にさせるような言葉が出てこなかった。僕と彼女は何も言葉を交わすことなく青森駅へ向かい、行きと同じ銀色の電車に僕らは乗り込んだ。

都会の電車ではありがちなロングシート。ちょうど隣り合わせになれるような席があったのでそこに僕らは座った。

『こっちの座席、もしかしたら夕日が直撃しないかな?』

彼女の声にちょっと驚いたけれど、僕はすくっと立ちあがり正面にある窓のカーテンを降ろした。

「カーテン下ろせばなんてことない。大丈夫。」

『……うん、アリガト。』

彼女の頬がちょっと赤くなった。この機会を逃してなるものか、と僕は勇気を振り絞った。

「あ、あのさ。8月の<ねぶた>、僕と一緒に」

 

ピリリリリリ、ピリリリリリ

 

携帯の着信音が車内に響く。発信者はセンパイだった。何かあるかもしれないとホームへ降り電話に出ようとするものの、ボタンを押す直前に着信が切れた。

「なんだよ、モォ。センパイ何があったんだよ」

僕はセンパイにリダイヤルした。それと同時に電車のドアが閉まった。

明らかにビックリした表情で彼女は電車の中から僕を見つめていた。こういう時って発車ベルが鳴るんじゃないのか?大きく車体を揺らしながら一路電車は木瀬狩駅の方向へと進んでいった。

「どした、トウキョー?浮かない顔して。まだこの間の事根に持ってんの?」

センパイが笑顔で窓口の外側から話しかけてくる。

「そりゃそうですよ。あの日結局特急に乗らなきゃいけなかったんですから。」

「いいでねぇの、社員なんだから社員章みせて便乗すれば……」

「そういうの、他の人が見たらどう思います?『じぇーあーるさんは社員さんだったらタダで電車乗れるのねー』みたいな話が広がったら、周りの人たちものすごくイヤな顔で見ますよ。しかもあの日は休暇だから社員章すら持って行ってません。」

センパイはバツの悪そうな顔をした。でもこの顔が何処となく憎めない。

「オレはただ親戚のヤツからの連絡があってさー。」

「食堂のおばちゃんから聞きました、あの後バーベキュー用意してたらしいですね。それも<ねぶた>があるテントの真横で火を起こして、大騒ぎになったんですよね?」

「あれー、どこまで知ってんの。」

「どこもそこもないですよ。もうあの後大変だったんですから。食堂のおばちゃんからは『あんたら何処まで行く気なの?』ってご飯食べる時に幾度となく聞かれるし、周りの人も彼女と僕が並ぶとヘンな気を使っちゃって、ヘンに二人っきりにさせるんだから。」

「うまーい具合にデートになったでしょ?少子化対策キューピット作戦、大成功!」

「大成功もハイセイコーもコケコッコーも無いです!」

こんな会話を繰り広げつつ、僕らは夏という時間を過ごしていった。彼女と二人っきりになっても普通に誰かがそばにいて、普通に会話をする。食堂に入ったらいつものようにラーメンと大盛りのごはんが出てくる。センパイは色々な人に出身地のあだ名を付けては仕事を楽しんでいる。

 コレが「いつも」の日常だった。でも「いつもの日常」はある日突然決まっていたかのように終わりを告げる。日常の終わりはセンパイからの

「トウキョー。今日終わったら一杯やるか?」

という一言だった。

酒の席で聞いたセンパイの話をまとめる。

東北新幹線が新青森まで開業する。駅構内、特に窓口業務を担当する人材が必要になった。標準語で会話が出来る人材として僕に白羽の矢が当たっていた。今までは青森に慣れるための準備期間だったそうだ。

そして、新青森駅の開業と同時に僕らが担当している木瀬狩駅は簡易委託駅、つまり僕らの管理では無くなる。本来なら無人化になるところを、センパイが町と交渉をしてなんとか委託駅という形で残すことになった。

何処にでもあるようなありふれた人員異動と駅の管理委託話。正直僕が新青森担当だったというのは驚いた。ただそれより僕がショックだったのは

「多分、道の駅みたいになるんじゃないか。ま、駅前の食堂も店を閉めることだし。」

というセンパイのつぶやきだった。駅の委託化ついでに駅舎を行政の所有物にしてJRの経費を削減、そして行政は駅に行政の機能を集める。現在の駅舎だと手狭になるから、周囲の土地を買取って大きな建物を建てるらしい。ソレに食堂のおばちゃんは賛同したという。

「そっか、もうあのラーメンは食べられないんですね。」

「んだ。だから異動までしっかり食べて覚えておけよ。」

「……センパイは」

「変な気を使うな」

僕は知っている。センパイ、いや、青森の人は全員「新幹線」の開業が嬉しい。そして、青森にいるJRの職員は全員新青森駅を担当したいと考えている。でもセンパイは年齢的に厳しい。居酒屋を出たセンパイの後ろ姿は、とても寂しそうだった。

 

次の日、休暇だった僕は新青森駅まで自転車で行ってみた。車道近くの果樹園にはまだ熟してはいないものの、林檎らしき実を付けた木がちらほら見かけることができる。河原の土手にはコスモスらしき花が咲き、川には鮭らしき魚が遡上している。

 

(もう、秋なんだ。)

 

快調なペースで自転車を進めること約1時間、何も無い平坦な土地と真新しい道路の先に僕の新しい職場「新青森駅」は鎮座していた。

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