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2011年8月 4日 (木)

新青森:第四話

『あの時のトウキョーさん、面白かった―。』

僕の横で彼女が笑う。銀色の小さな電車、乗客がまばらな車内のロングシートに僕たちは陣取って喋っていた。

「そりゃそうだよ、あのままだとホントに青森駅まで連れて行かれんじゃないかと思ったんだからさ。」

『断るのに「僕、洗濯物干しっぱなしなんです」は無いよぉ。』

確かに僕はあの日、日勤だったから洗濯物を干して勤務に入った。木瀬狩駅から僕のアパートまで自転車で20分、頑張って走って12分。それに加えて空模様が怪しかった。洗濯ものが濡れるかもしれないと思った僕は必死に抵抗した。

『生活感丸出しでちょっとガッカリしちゃった。』

「ひとり暮らしっていうのはそういうもん。一人で全部やらないといけないわけ」

『ご飯も?』

「そう」

『掃除も?』

「そう」

『もしかして、ゴキブリ退治も?』

「そう」

『やっぱり私、ひとり暮らし無理だわー。』

そういうと、彼女はガッカリした表情になった。

「……ま、そういうのって慣れれば大丈夫だからさ。」

『慣れるって、どれくらい?』

「うーん、僕は高校3年生の時からひとり暮らししてるから……」

『え?今の私と同じだ。』

「最初は僕も嫌だな、面倒くさいなって思ってたけど、慣れれば結構楽しかったりするよ。洗濯だって半分以上は機械がしてくれる、掃除だってコツをつかめばあっさりできる。」

『そんなもんなの?』

彼女の表情が急に明るくなってきた。

「そんなもの。料理も作りたくないなーって思えば冷凍食品をチンしたり、スーパーやコンビニで買ってきて食べればいい。毎日キッチリ食事を作るって考えないのがひとり暮らしの鉄則かな。」

『あー、そう考えれば楽かも……。それじゃあ、ゴキブリ退治は!?』

「……僕もソレは苦手。」

『はー、やっぱり私には無理だ。ひとり暮らしは諦めよう。』

……ゴキブリ退治でひとり暮らしを諦めるのか。高校生の頃ってものすごく狭い了見の中で判断してしまう。僕も高校生の頃はこうだったんだろう。このままいくと彼女はどんどんドツボにはまっていきそうだ。ちょっと話題を変えてみよう。

「ところで、<ねぶた>って何なの?」

『<ねぶた>は<ねぶた>だ。』

「……いや、その<カモメが飛んだ>みたいな言い方じゃなくて。ほら<ねぶた>って僕みたいな地元の人じゃない人からすると、あの人形みたいなやつがパレードするみたいな感じだからさ。何が由来とか楽しみ方とかあるのかなー、なんて。」

『あ、そういうことね。それなら私がトウキョーさんに教えてあげましょう!』

「……お願いします。」

僕は何故か知らないけれど、とりあえず頭を下げた。

彼女は笑ってこう言った。

『……って言っても、私にもわからないところが多いの。』

 

僕の頭の中で何かが崩れ落ちる音がした。関西人だったら思わずズッコケている事だろう。

 

『昔は<坂上田村麻呂って人が戦争する時に笛や太鼓で相手を油断させたことが由来だ>って聞いてた。だけどその説明はちょっと違うのかなーって思う。』

「何が違うの?」

『青森ってね、他の地方と比べると灯篭流しとか送り火とかそういうご先祖様に対する大きなイベント……っていうか、送り事っていうのが無いの。もちろん調べればあると思うけど、みんなが大々的にやろう!っていう行事が無いのね。』

彼女の表情が少し曇り始めたのを、僕は見逃さなかった。

『だから、<ねぶた>がその行事の代わりになったんじゃないかなって思うんだ。トウキョーさん、知ってる?<ねぶた>の周りで踊る人がいるって。』

「え?そんな人いるの?ただ単にパレードするんじゃないの?」

『<ねぶた>の周りにハネトっていう人達がいて、その人達がピョンピョン飛んでるの。飛ぶ時に「ラッセーラー、ラッセーラ」って歌いながらね。」

「あ、そのフレーズは聞いたことがある。」

『その「ラッセーラー」って、もしかした「来世」のことじゃないかな?って』

「なるほどね。来世のことを祈ってるんだ。じゃあなんで飛び跳ねてるの?」

『……うーん、そこまではわかんない。』

 

また僕の頭の中で何かが崩れる音がした。

 

『でも、私はご先祖様に見てほしいっていう祭りなんじゃないかなって思う。』

「なるほどね。」

何か、言いたげな事がありそうだ。でも、なんだか彼女はその事を言うのをためらっている。そんな感じがする。僕はまた会話の内容を変えることにした。 

「……それにしても、センパイの親戚がまさか<ねぶた>を作ってるとはね。麻衣ちゃんは作ってる現場とか見た事あるの?」

『全然見た事無い。祭は弟と一緒に出かけて何度か見た事あるけど。』

「センパイがあれだけ勝手に盛り上がって、観に行け観に行けっていう位なんだから相当すごいことなんだろうなって思うんだ。どんなのだろうなー、作っている現場って。」

 

銀色の小さな列車の車窓は緑色から徐々に多種多様な色が溢れる街の風景へと変わっていく。そして、定刻通り青森駅へと到着した。

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