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2011年8月24日 (水)

新青森:第十話

 試験が終わった。

試験会場まで新青森駅から約4時間、ホテルにいたのが約9時間、そして試験は自画像を3時間の間に描く。最初丁寧に書いていたけれど、なんだか途中でバカらしくなって殴りつけるように書いた。結局試験会場にいたのは試験の前後も含めて2時間ちょっと。試験会場では一番最初に退出しちゃった。

試験だけを受ける。それだけのために私は東京までやってきた。それだけじゃ勿体ない、東京は都会なんだから、もっといろんなものを見ていこう。ヒルズも、ミッドタウンも、サンシャインも見ていこう。……そう、思っていた。だけど、今は帰りたくて仕方が無い。

祭じゃないかと思う位人がいる。外人も多い。街にはテレビで見た事のあるショップが至る所にある。欲しかった洋服、かわいいアクセサリー、素敵なカフェ。私が憧れていたものが全てある。だけど、それは「あるだけ」だった。

それが確認できただけでもヨシと思わなきゃ。駅前のネットカフェに飛び込んでシャワーを借り、冷や汗なのか火照りから来る汗なのかよくわからない汗を洗い流す。よく考えたらネットカフェも行きたかった場所だった。狭く区切られた薄暗い空間で何がしたかったんだろう。自分の座席で携帯の充電をして、トウキョーさんにメールを送る。

『東京なう。楽しいよー』

これは私の精いっぱいの強がりだ。

帰りの夜行列車の出発は21時。おしゃれなパンとお茶を買って夜行列車に乗り込む。「あるだけ」の街は窓枠という名の切り取られた空間から見えるだけとなった。

「夜行列車は何があるかわからないから」

という理由で女性しか乗らない車両の指定席をトウキョーさんは取ってくれた。普通そういう時は個室じゃないの?って言うと

「個室は個室で狭いよ」

……確かに席を確認したら狭かった。用意してくれた座席はふとんや枕が無いけれど、ごろんと寝転がるには最適の場所。やっぱり広いところがいいなと思う。……ただし、化粧品のにおいがきついけれど。

列車は一路私が住んでいる町へと走り出す。心地よいレールの音が体全体に響き渡るのだけれど、なんだか眠れない。時々列車は真夜中の駅で停車する。ホームの電気は付いているのに、駅名が書かれたところだけは付いていない。そしていつもは人がいるであろうその空間に誰もいない。なんだか不思議な感じがした。

(あーあ、このままだと眠れないかな。)

そう思いつつ明日の為と割り切って、私は自分の座席で横になった。

 その日、僕は彼女を待っていた。

『だって、東京さ行くの嫌だったんだけど、合格したらしたで考えって変わるもんだね』

大学に無事合格した彼女は、その日から僕以上に忙しくなった。流石に東京へ新幹線で通学するわけにはいかないので(会社としては営業成績が上がるから嬉しいけど)、東京の大学近くに下宿すると決めたそうだ。

ちょうどその頃、実家から僕の部屋を下宿先として提供したいという旨の連絡があった。夫婦2人(と犬)だけというのは寂しいのだろう。使わない部屋を遊ばしておくのも勿体ないし、もし顔を見せに行くのならホテルを取ればいい。関東へ転勤した時は寮に住めばそっちの方が楽だ。僕は深く考えることなくOKを出した。

そうしたら、彼女がその部屋に下宿するそうだ。青森県の娘さんで4月から芸術系の大学に通う子なんだ、と聞いた瞬間、ドキっとした。その子の名を聞いて驚いた。彼女だ。

……ココまで来ると、偶然というのか意図的というのか神がかっているというのか。この事実を隠し通そうかと思ったけれど、もう既に彼女がその事を知っていた。

『もうびっくりしたよー。下宿先のお母さんがトウキョーさんにそっくりなんだもん!』

『玄関に家族の集合写真が飾られてるんだねー。すごいねー。』

『卒業アルバム見せてもらっちゃった~』

『エッチな本、こっち来る前に片付けておけばいいのに……。』

……最後の言葉はあまり聞きたくはなかった。

 

 彼女の高いテンションも東京へ行く日が近づくと徐々に収まっていった。クリスマス、正月、バレンタイン。恋人なら重要なイベントがある日でさえ、彼女は忘れていたかのようなそぶりを見せる。新しい場所へ向かう不安があるのだろう。

そういえば以前に比べて東京・東京と言わなくなった。行って何となく感じたのだろう。都会がそんなにいい場所ではないという事が。それはまるで僕が初めて青森に来た時と同じ感覚じゃないか。

2月某日、雪深き町にある高校の卒業式。僕はその日も普通に窓口で発券業務をしていた。前の日に大雪が降ったせいか、お客さんは足早に在来線の乗り換え口や高速バスの乗り場へと向かっていく。新幹線のきっぷも地元の駅で買うことが出来るということが浸透してきているのか、窓口業務は開業時と比べると幾分楽になった。

その窓口に卒業式の制服姿でやってきた。左手に大きなコート、黒い筒が入った紙袋を抱えている。この姿を見て親御さんはどう思ったのだろうか。僕は鼻の奥がツンとなった。僕の顔を見つけると、小さく手を振ってくれた。僕も思わず小さく手を振ってしまった。

『明日、東京さ行くから新幹線のきっぷ頼みます』

そうか、そろそろお別れになるんだ。僕は意識して淡々と切符を発券する。

「こちらが、はやて42号東京行きの指定席特急券と、木瀬狩駅から新青森駅経由東京区内の乗車券がひとつになったものです。こちら、無くさないようにチケット袋にお入れくださいね。」

『はい、わかりました。……って、なんだか初めてのおつかいみたいだ。』

「意外と多いんですよ、無くす人。こういう派手な袋に入れておくと、意識できますので。」

僕は切符をチケット袋に入れて立ち上がった。

 

「新しい場所には新しい出会いがあります。それが物であったり景色であったり人であったり……。今は何も無いように見えるかもしれません。でも、そこにはあなたしか見えない世界が広がっています。あなたのまなざしであなただけの出会いを楽しんできてください。高校卒業、そして大学進学おめでとうございます。」

僕は卒業証書を渡すように、彼女へチケットを渡した。

 

彼女を乗せた新幹線は南へと走りだした。

彼女は窓越しに何か話そうとした。それが何なのか聞こえないけれど、何となくわかる。僕も笑顔で小さく手を振りながら新幹線を見送った。

(その風景を見てセンパイが後から猛烈に突っ込んできたのは言うまでも無いけれど)

 

 

僕は右手に残る彼女のぬくもりを感じながら、青森の日常へ溶け込んでいった。

 

 

 

<おわり>

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