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2011年8月 9日 (火)

新青森:第七話

 駅そのものは20年ほど前には開業していた。何も無い場所にぽつりと建っている駅。駅員も人もいない、そんな寂しい駅だったそうだ。そこに今は大きな建造物が建ち、新幹線がたどり着いて、人が集うようになる。

ボンヤリと明かりに照らされた駅を見て、僕はこう思った。。

(大きい、駅だな)

東京に住んでいる時の視点だったら、新青森駅は小さな駅舎だと思ったのかもしれない。運転本数も、利用者数も、山手線の駅よりも少ないはずだ。なのに、僕は新青森駅を見た時「大きい駅だ」と感じた。

何も無い土地にはこれからビジネスホテルや商業施設が建っていくのだろう。そしていつの間にか新青森駅が賑わっていく。そんな姿を幾度となく僕らは見てきた。この駅はその大きな町を生み出す大きな駅になる。

……そこに僕は赴任する。もうすぐ僕はこの駅の駅員になる。

身震い、ただ駅の風景を見ただけなのに。

 

気づくともう夕闇がそこまで迫っていた。自転車のライトを付け、夜道になりつつある国道をひたすら走る。車窓の横にある線路を何両もの車両を連結した貨物列車が走り去っていく。気づくと空には星が輝いていた。

僕の住んでいるアパートまでは木瀬狩駅よりも秋田寄りにある。一旦木瀬狩駅の前を通過しなくてはいけない。駅舎にボンヤリと明かりが付いている風景はいつも見ているが、今日は特に温かく感じた。僕がこの駅舎を立ち去った後も、この駅には人が集うようになる。ただこの木造の小さな駅舎では無くなるのがちょっと残念だ。

『あれ、トウキョーさん?』

麻衣ちゃんだ。

「あれ?どうしたの。今日はお店休みだったよね?」

『そうなんだけど、ほら、店閉めるのに色々話したい事あるから来てくれーっておばちゃんに言われて。』

「へぇ、珍しいね。何だったの?」

『うん、ラーメンスープの作り方。』

「え、ラーメンスープ?」

『そ、鶏ガラと昆布と煮干し、それに玉ねぎ、ニンジンとか入れるんだって。それを全部メモして覚えとけーって。』

「おばちゃん、なんでそんな事教えようとしたのかな。」

彼女は僕の目を見て満面の笑みを浮かべた。

『トウキョーさんに食べてもらえって。』

ドキッとした。

「な、な、何を言っちゃって」

『ちーがーう。食べ物、特にラーメンスープの作り方を覚えておけばカレーやシチューなんかの他の料理に応用できるから、覚えておいた方がいいっておばちゃんが言うんだ。確かにあのスープは色々な料理に応用できるなーって、作ってわかったんだ。』

「あ、……なるほどね。」

『それに、料理覚えておいたら東京に出た時色々便利だ、って。』

彼女の吐く息が白くなってきた。秋だというけれど、すぐそこにもう冬がやってきている。もうこの時間になると駅員は常駐していないので、僕は彼女と一緒にずうずうしくもホームへ。

(ま、駅員だからいいか。)

ホームのベンチに座る彼女に僕は自販機で缶コーヒーを買って渡した。パカッという音と微かに上がる白い湯気。コーヒーの香り。自然に恵まれたオープンカフェといったところか。

『あたしね、東京の美大受けるんだ。』

「……そうなんだ。」

『日本にはいっぱい美術を学べる大学があるんだけど、どうせなら一番を狙おうかなーって思ってさ。かっこいいでしょ?東京の大学に青森の学生が入学するって。』

「うーん、そうは思わないけどね。」

『なして?』

「思っている以上に、東京の大学って地方から出てきた人が多いんだよね。それでもってケンミン同士でくっついちゃって結局東京の大学なのか他の地方の大学なのかよくわからない状態になっちゃってたり。」

『そんなことない。私、キャリアウーマンな格好して原宿とか渋谷とか散歩する!』

(……原宿とか渋谷とか言ってる段階で相当田舎者なんだけど)

『それにね、東京って美術館多いでしょ。モネにゴーギャン、ピカソにフェルメール。それ一度でいいから見てみたいのよー。』

確かに彼女は美術が好きだ。ねぶた祭の後に美術館へ誘われたことがある。

『コレは青森に来たら一度見るべきだ』

なんて言われて巨大な犬のオブジェがある美術館に連れられたこともある。美術の点数が低かった僕は美術の事なんかわからない。今出てきた名前も名前だけは聞いたことがある。

『そこに、私の作品が並ばれて「キャー、麻衣たんかっこいー!!」みたいに言われちゃうのね。ああ、麗しき東京の美術大学……。』

「そんなに言うのなら、一度見せてほしいな。どんな絵を書くのか知りたいし」

僕がそういうと彼女は爛々と眼を輝かせてカバンから少し小さなスケッチブックを取り出し、僕に見せつけた。

『じゃじゃーん!これが私の作品集!見て頂戴見て頂戴!』

「へぇ、なるほどね。」

手渡されたスケッチブックを開くと、色の濃い鉛筆で書かれた印影のはっきりした人物の絵が多く書かれている。絵を注目して見ていない僕でも上手だなと思う程だ。

『どう、上手でしょ。こういうの書くの上手いんだ―。』

スケッチブックを捲っていくと、縁側で微笑む少年の絵。ハーフパンツに短い髪型、ポテっとした容姿。この間<ねぶた>のテントに出てきた少年と瓜二つだった。

「これって、弟さん?」

『そう、この間弟の話してたでしょ。あの後帰って、急に書きたくなったんだ。もーね、写真見なくても書けるの。やっぱどっかで覚えてるんだなーってね。』

(そうか、君が応援してくれたんだ)

「あのさ、あの時に弟さん、僕に言ってくれたんだよね。」

『へ?何を?』

 

「<言葉にしねぇと始まらねぇぞ>ってさ。」

僕は手にしていた缶コーヒーを飲み干した。

「だから、言葉にして始めたいと思うんだけどいいかな?」

『え、な、な、何を?』

すくっと僕は立ちあがり、彼女の方を向いてこう言った。

 

「友達以上になりたいので、連絡先を教えてもらえませんか。」

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