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2011年8月 2日 (火)

新青森:第弐話

(……うるさいなぁ。)

社会人としては不適切な言葉を心の中で呟いた。社会人になって2年目、24歳の僕はまだまだ人生の経験というものが無い。だけど、これほどうるさい人が駅員として勤務しているのは生まれて初めてだ。

鎌田善人(かまだよしひと)、国鉄時代を知っているザ・鉄道マン。年からすると僕の親父以上の人なんだけど、僕は「センパイ」と呼んでいる。

思えば初めてこの木瀬狩駅に到着した時、そこからセンパイはうるさかった。駅のホームへ降り立つなり大声で僕を呼び止め、聞かれもしないのに自己紹介を始めた。それも流暢な津軽弁というヤツだ。ちょっと前、フランス語っぽいけれど実は津軽弁を喋っているコマーシャルがあったけれど、それよりももっと異国情緒を増やしたような言葉だ。同じ日本だとは思えない。

「わは運行の担当だばってら、おめには窓口での接客ばお願いするはんで。聞くトコによるとマルスの扱いは慣れてらんだんずね。そういやおめは現代っ子だばってら、お茶の子さいさいだべな?」

……何となく言ってる事はわかる。とにかく僕は窓口を担当すればいいんだろう。わかりましたと言葉少なめにして、僕はマルスの前に陣取った。少し古いタイプのマルスだけれど、この規模の駅だと発券する行先はほぼ決まったようなものだ。後はダイヤを覚えておけば、何とかいけるだろう。

この窓口からプラットホームまでちょっとだけ距離がある。なのに聞こえるセンパイの声。お客様だけでなく、時には自作の歌をホームで歌って、軽くステップを踏んで階段を上り下りしてたりする。とにかくうるさい。見ているだけでうるさい。

 

 

『あんれ?新しい駅員さんがきだんだんずな?』

おばあちゃんなのかおばちゃんなのか、境界線が判りづらそうな女性が声をかけてきた。

「ええ、今日から配属になりました。よろしくお願いします。」

『へぇ、その言葉づかいからすると、東京からきだんだね?』

「ええ、東京です。まだこちらの言葉に慣れていないもので……。」

『大丈夫よー、こっちもわかりやすいように標準語で喋るからー。』

そういうと何がおかしいのかわからないけれど、その女の人は笑いだした。箸が転んでもおかしい年頃は当の昔に過ぎ去ったはずだ。

『あー、もうおかしいってー。』

「ところで、今日はどのようなご用件で……」

『あ、そうそう。切符ば買わないとね。青森まで往復、自由席の特急券も往復一枚。』

僕はマルスに手を伸ばし、ペシペシと画面を叩いて往復の切符と特急券を発券した。

『へぇ、駅員さんその機械触れるのけ?』

「ええ、触れないと切符が作れませんから。」

『そーなのかい?鎌田さんはいつも切符出す時に四苦八苦してるんだけど。しかも時間が無い時なんかは「汽車の中で買って」って言ってるもんで』

……あの人、マルスの使い方がわかんないのか。

「鎌田さんは運行を主に担当してらっしゃるみたいなんで、どちらかといえばこういう作業は不得手みたいですね。えーっとこちらが自由席の特急券が2枚、そしてこちらが往復の乗車券です。」

『はい、お金ね。ありがとねー』

境界線が判りづらい女性は軽快に階段を駆け上がり、青森駅行きの特急列車へ乗り込んでいった。

「はだらけども、はだらけども、わがくらしさ、らくにならずーってが」

センパイがホームから帰ってきた。ホウキとちりとりを持っていたところを見ると、ホームを掃除していたようだ。

「まだまだ春は遠くにあるもんで、ねー。おう、トウキョー。」

「と、東京?」

「そ、おめえの名前。ただでさえこの支社の中で三浦っつう名字が多いから、今日からお前はトウキョー。いい名前貰ったな、トウキョー。」

「いい、名前?」

まさかのあだ名。名字が三浦だから、小さい頃は容疑者とか、百恵のダンナとか、ヘンなところではボイラーなんてあだ名もあった。名字をアレンジするのではなく、出身地をアレンジするとは思わなかった。

「駅前食堂のおばちゃん、なーんか楽しげだったけどなんかあったか?」

「あ、あの人駅前にある食堂の人だったんですか。」

「そうそう。あの人のおかげでオレの腹がこんなカンジに」

ポン、と音が出そうな位の勢いでセンパイは腹鼓を打った。多分美味いんだろう。休憩の時に食べに行こう。

「いえ、これといっていたって普通だったと思いますが」

「いやー、久しぶりなんだよなー。おばちゃんあんな笑顔で汽車に乗っていくの。」

「そうなんですか?」

「やっぱオンナってな、どんな時も若い男がいいんだよな」

というと、センパイはぐししと笑って掃除用具をロッカーに片付けに行った。

 

その日以降僕が駅舎側の接客、マルスの窓口や切符の回収等を担当し、センパイが運行面に関する事を担当するようになった。センパイは僕が赴任してきた時は雪が残っている場所もあったから、その雪をホームから除去するのが仕事の大半だった。

季節は徐々に春になった。東京だとそろそろ半袖用意しなきゃいけないかなと思う時期でも、まだこの場所では早いと感じる。それ位春の訪れが遅いのだ。その頃になると僕もだいぶんこの木瀬狩という場所に慣れてきた。

駅前食堂のおばちゃんにも顔を覚えられ、センパイのうるささにも多少慣れてきた。流石に僕だけがマルスを担当するのも問題があるから、センパイにも窓口を担当してもらうことにしたのはいいのだけれど、センパイは顔が広すぎるのかとにかく喋る。

前言撤回、やっぱりセンパイのうるささには慣れない。

事務室で春の臨時列車ダイヤを確認していたら、その先輩が窓口から急に僕を呼び出してきた。

……こんなきれいな風景が、あるんだ。青森ってスゴい。

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