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2011年8月 1日 (月)

新青森:第壱話

「オレ、ついてないなー。」

夜行列車の車窓から見慣れた街並み、それを気にせず僕は貰った辞令を読んで呟いた。入社二年目、普通ならありえない転勤。しかも東京から青森県。平たく言わなくても、左遷だっていう事はよくわかる。

(ま、仕方ないか。どうせ運で入社したんだし)

現代社会、特に超氷河期と呼ばれている時代。無名の三流大学でのほほんと4年間を過ごし、大学の就職課からは「無理」と言われた鉄道会社。「どうせ通らないのなら」と高卒向けの求人にしゃれっ気満載で履歴書を出してみた。そうしたらあれよあれよという間に面接を突破し、入社してしまった。どうやら僕の運は入社した時点で尽きたみたいだ。

「それにしても、辞令が出て移動するっていうのに夜行列車って無いだろ。」

ギシギシと音をたてて揺れる車内、40人ほどが乗車できるであろう開放型B寝台車両。4人用の隔離された小部屋らしき場所に僕は一人で陣取っていた。これだけ閑散しているから、青森支社は僕を意図的にこの列車に乗せたんだろう。

レールのつなぎ目の音が車内に響く。列車はいくつかの駅に立ち止まるけど、僕の周りには誰も来なかった。カーテンを閉め、読書灯を付けて本に目を通す。売店の片隅に置いてある何時からあるのかわからない古ぼけた文庫本だ。僕と同じように寝台列車に乗って、そこで殺人事件が起こる。

(こんな事件、ありえないよなー。普通殺人事件が起こったら車内から人を降ろさないし。)

車内放送のチャイムが鳴って、部屋の明かりを車掌さんが一つ一つ消していく。寝付けない僕は文庫本を片手に殺人事件の犯人を追っていた。気づくと列車はどこかの駅に止まっている。駅は幾つかの照明が付いているものの、人気が感じられない独特な寂しさに包まれていた。

(次に配属される駅も、こんな感じなんだろうな。ま、夜行列車があるだけマシか)

到着時間は朝8時、それまでの間に出来る限り寝ておこう。僕は瞼を閉じて列車に身をゆだねることにした。

 朝7時、携帯電話のアラームが鳴った。その時間まで幾度となく列車は立ち止ったはずなのに覚えていない。ある意味素晴らしい性格を持ったもんだ。

「……列車は定刻通り運行しております。」

車掌さんのアナウンスが誰もいない車内に響く。これだけお客さんが乗っていないのなら、夜行列車の車掌もいいかな、なんて思った。それ以前に夜行列車そのものが無くなるのが早いと思うが。僕はリュックサックから洗面用具を取り出し、トイレに行くついでに顔を洗った。洗面台は使いづらい。どうしてずっと水が出ないんだろうか。

自分の席へと戻り、昨日乗る前にコンビニで買ったパンをかじってコーヒーを流し込む。昨日の車窓とかわって一面に緑が広がっている。アニメの映画でしか見た事のない風景が広がっている。

(うわー、オレこんなところで生活するのか。大丈夫かなー。)

辞令に書かれていたのは「青森支社、木瀬狩(きせがり)駅」。ウィキペディアには「奇跡の有人駅」と書かれていた。周辺の無人駅が周囲の市町村によって管理されていると、駅近くに温泉があって若干ではあるけれど乗降者数が多いこと、そして何よりこの駅を最終到着地とした列車が設定されていたということが「奇跡」の理由らしい。

そこに掲載されていた駅前広場はあまりにも寂しかった。駅前がこれだから、駅から離れた場所は正直どうなっているんだろう。コンビニはあるのか、スーパーはあるのか……。今から思いやられる。

列車が駅に立ち止まる。単線区間特有の列車行き違いによる運転停車だ。もう既に向こう側には貨物列車がいたので、こっちの到着を待っていたんだろう。悠長なものだな、と思って窓の外を見る。列車が過ぎ去ったホームには一人の少女が椅子に座っていた。清楚ということばが似合う、都会にはいないタイプの女の子だ。

「かわいい。」

僕の目は彼女にくぎ付けになった。ひとめぼれ、久しぶりに経験する恋心。おろそかになった僕の手からコーヒーの缶が離れていくのは時間の問題だった。

カンカラコン。

……空でよかった。

 

 

 

パンを食べ終えた僕は座席の片づけを始める。大学時代にバイトしていたホテル清掃のおかげで、片付けだけは上手くなった。手際良く毛布とシーツを畳み、着なかった浴衣と枕をその上に置いて座席の端の方へ寄せる。こういうのを一つ一つ包装しておけば無駄が出ないと思うのは僕だけなんだろうか。

「……まもなく、木瀬狩に到着します。お出口は右側です。扉、内側に開きますので一歩下がってお待ちください」

車掌さんのアナウンスが車内に響く。僕の降りる駅、そして僕が勤める駅が近づいていく。列車が駅に差し掛かった時、僕はリュックサックを肩に担いでデッキへと急いだ。

(さぁって、いよいよですか)

ドアが開き、列車から降りたその駅は思ったほどでもなかった。普通の駅だ。幾分肩すかしな状態になっていた僕へ大きな声が届いた。

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