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2011年8月 3日 (水)

新青森:第参話

(へぇ、思った以上に早くなったんだな。)

僕は事務室で野菜ジュースを飲みながら(本当はいけない事だけど)広報用の資料を読んでいた。本当なら観光シーズン直前に開業すればいいのに12月に開業させるとの事。冬場に強い新幹線をイメージづけたいということなんだろう。まぁそれ以外に九州新幹線と同時期に開通するのを避けたのかもしれない。比較されるとインパクトが半減しちゃうからな。

「冬場に開業かぁー。こりゃちょっと大変だろうな。」

新幹線の開通に関する広報用資料をポンポンとまとめて封筒に入れ、所定の位置に戻す。広報用資料とはいえまだまだ部外秘の資料、そうそう公表するわけにはいかない。飲んでいた野菜ジュースの紙パックをゴミ箱へ捨て、もう一方の在来線の新ダイヤについての資料に目を通す。どちらかと言えば僕らはこっちの方が大変になる。

 

「きぃせがりぃぃぬおぉぉー、なつぅぅーわぁぁぁー、なぬもぉなぁぁいぃーなつですぅー、っと」

ガラガラガラ。

陽気な歌声と共にセンパイが帰ってきた。運行の担当だと聞いているけれど、センパイは僕が思っている以上に先回りして動く人だ。今は駅舎の補修だそうだ。少なくともこういう作業は駅員さんがやるような仕事じゃないのに。

「センパイ、何やってたんですか?」

「いやー、冬が来る前に建物の傷が目立つなーって思ったから、慰めてやってたんだ。傷付いたか、そーか、よしよしよし。」

(ペンキが付いていた刷毛でエアーペンキ塗り。……そこまで見せなくてもいいのに。)

「そういうのって、保線の人がやるんじゃないんですか?」

「なーに言ってんだトウキョー?こういうのはさっさと始めた方がいいんずや。待ってるとお客さんに迷惑がかかるかもしれねから。」

そういうとセンパイは自分の定位置に座った。すぐ近くにはポイントを切り替えることが出来る装置がある。もちろん現在は非常時以外触る事が無い。思った以上に現場で出来る作業は無いのだ。

「きょーも安全安全。秋田のCTC様ありがとうございます、ってか。」

「センパイ。広報用資料ココに置いておきましたんで目を通しておいてください」

「あ?広報って何かねじゃか?」

「ええ、新幹線の開業が12月に決定したみたいですよ。」

僕の言葉を聞いた瞬間、センパイの顔が一気にほころんだ。

「おお、12月に決まりか!そうかそうか」

「それでですね、新幹線開業と同時に在来線のダイヤが大幅に変わるみたいです。新青森駅で特急を長時間留置したりするので、現在のダイヤから」

 

 

ガラガラガラ。

「トウキョー、ちょっと出かけてくるわ」

「あ、はい。……ってみんなに新幹線の話するんじゃないんでしょうね!」

「ピンポーン!さぁ新しい鉄道の扉を開きましょー!ってか!」

「ちょ、ちょっと待ってください!ソレ一応部外秘のことなんですから、ちょっとセンパーイ!」

 

 

木瀬狩駅近くに、ある意味衝撃が走った。

 

驚いた。次々とお客さん達が目を輝かして新幹線の開業日を聞いてくる。東北地方の鉄道に対する想いはすさまじいものがあると聞いていたけれど、まさかここまで熱くなってくれるとは思わなかった。窓口にいても、改札口やホームに立っていても。ましてや食事をとっている駅前食堂でも「新幹線いつからですか?」と聞かれる。

(もう、こうなったらヤケだ)

僕はきちんとした日付を教えることにした。怒られても仕方ない。こんな片田舎の駅に、センパイみたいな人を放置している段階で情報が漏れていくのは当たり前じゃないか。

「多分、怒られますよ。センパイも僕も」って食堂のおばちゃんに言ったら 『そんな事で怒られるのっておかしいよ。どうせ明日には新聞に載るから』って慰めてくれた。その言葉通り、次の日の朝刊には大きな開業日の広告が載っていた。

(なんなんだろう、守秘義務って)

その開業日を聞いてきた人の中に東京からの夜行列車から見たあの女の子がいた。可愛げな瞳と、透き通るような白い肌。大人びたファッションセンス。あの日思わず見とれてしまった姿そのままで目の前にいる。これはすごい。しかも可憐なその声は罪だ、と思った。

 彼女の名前は麻衣ちゃん。駅前食堂のおばちゃんの姪っ子さんで、現在芸術系の大学を目指しているれっきとした高校生らしい。幾分大人びた表情を見せているけれど、僕より年下だったとは思わなかった。木瀬狩の駅には駅前食堂のおばちゃんを手伝いに時々来るとの事。

ココまで詳しくわかったのは、全ては駅前食堂の常連さんであるセンパイのおかげ。彼女の働く姿を見たくて、僕の食生活は幾分か回復した。その分センパイのエンゲル係数は若干上がってしまったかもしれないけれど、そこはソレ。ありがとうセンパイ。

 

 

その日から数週間後、駅の掲示板に臨時特急「ねぶた号」の案内を出した。臨時列車(といっても使わなくなった特急用車両の有効活用だけど)を出す程のイベントか、東京では考えられないな。

「トウキョー、もうそろそろ上がりの時間だぞー。……おっ、もうねぶたの季節かー。」

先輩が「ねぶた」の文字を見て目を輝かせている。

「お前ねぶた見た事あっか?」

「いえ、生では見た事ありません。」

「あーそっか。それじゃ、今から見に行くか?」

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