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2011年8月11日 (木)

新青森:第八話

 何事も終わりがあれば始まりもある。たどり着いたらそこがスタート、どこかの歌手が歌っていた歌にもそう書いてある。あの日、僕は彼女への思いを言葉にした。そこから僕と彼女の恋物語が始まった。

……となれば、一冊の小説が書けるんだろう。実際のところは「面倒見のいいお兄ちゃんとやんちゃな妹」という感じだ。メールアドレスは聞いたものの、恋愛に発展するにはまだまだといったところか。

それに僕の周りも忙しくなった。駅業務の引き継ぎがある。直営の駅から簡易委託駅になるということは、駅の窓口をほぼ入れ替えるということになる。みどりの窓口に置いているマルスだって、簡易的なシステムのものに入れ替えた。色々と制約があるこのマルスは正直使いにくい。だけど次から使用する人にとっては初めてのシステムだろう。

また、駅舎の中も少しづつ変わり始めた。待合室が閉鎖され、新しい建物のデザイン画が貼られている。結構大きな建物になるようだ。壊されるはずだった今の駅舎も、僕らが使っている場所は残され、宿泊施設になるらしい。

駅前食堂は僕が新青森駅へ移る前に閉店した。ラーメン食べなきゃな、と思っていた矢先の出来事だった。カーテンが引かれた入口に若干の違和感を感じるけれど、今後はこの建物の場所に新しい何かが出来るんだろう。

そして、僕の木瀬狩駅勤務最終日。簡易委託駅移譲になるにはまだ日程があるものの、僕はそれまでの間に休暇を貰った。久しぶりに東京へ戻ろうと思ったからだ。単純にセレモニーが苦手だというのもあるけれど、逆に最後の日にセレモニーが無いというのは少し寂しいものがある。流石にソレは寂しいので、前の日に彼女へ「今日で木瀬狩駅最後の勤務だよ」とメールで伝えたものの、返信は

『修学旅行で沖縄なう』

……とりあえず、お土産を期待する旨のメールを送信するしかなかった。「ちんすこう」でも買ってくるかなと思ったら、シーザーの置物を買ってきた。ある意味大胆、そして冷静な沖縄土産をありがとう。

センパイは最終日まで木瀬狩駅に留まるという。次の勤務先を聞くと何故かお茶を濁した。定年前に辞めると前々から聞いていたので、この分だと本当に辞めるのかもしれない。お花でも用意しようと思ったけれど、僕らしくないなと思ってやめた。

 

 

東京へ帰り、また夜行列車で木瀬狩駅へ戻る。僕が帰ってきた頃にはすっかり駅員ではない定年を過ぎて暇を持て余しているおじさんがきっぷを回収していた。窓口にも見慣れない女性が座っている。駅前食堂もカーテンが閉まったまま。もう僕が来た頃の木瀬狩駅は無くなっていた。

一旦アパートへ戻り、制服に着替えて青森駅へ。青森支社の窓口で新たな辞令を受け取る。新青森駅の新幹線窓口が新たな仕事場だ。開業までは一ヶ月半あるから、まだまだ駅員としてではなく、電話での応対や各セクションの調整がメインの仕事となる。

(……いよいよだな。)

本当なら明日からの勤務になるけれど、どんな職場なのか気になった。僕は失礼を覚悟で新青森駅に降り立ち、新幹線の改札口へ出向いた。新幹線の駅に勤務するのは初めてだったから、どういう雰囲気なのか正直戸惑った。だけど、まだ開業直前じゃなかったからか、東京の人がイメージするような東北の空気がそこにはあった。

 

 結局後で知る事になるのだけれど、僕の周りの人が一気に新青森駅に移ってきただけだった。センパイは新青森駅の助役に出世し、駅前食堂のおばちゃんは新青森駅の駅ビル内にある郷土料理屋の店長となった。あの思い出になりつつあるラーメンも頼めば出してくれるらしい。

「もー、センパイ。何やってんですかー!」

「トウキョー、すまんねー!だますつもりはなかったけれど、驚いた顔が見たかっただけなのさー」

新幹線ホームにセンパイの陽気な声が広がる。

「いいからセンパイ、マイクやめてください!いくら開業前だといってもヘンなことしないで!」

「何が変な事だ?おめぇと会話する事がヘンな事か?じゃあ喋る代わりに一曲、24番『雪国』」

「わー!わー!」

 

……センパイは何処まで行ってもセンパイだった。

 

翌日から僕は新青森駅に勤務する事になった。木瀬狩駅では共用だったデスクも、この新青森駅ではひとりにひとつ充てられている。通勤前に貰ったシーザーをマイデスクに鎮座させ、新しいみどりの窓口へと出向く。

僕を駅長に引き合わせてくれた新井さんが僕の新しい先輩になった。だけどこの新井さん、僕が今まで出会った青森県の人の中では一番青森県をイメージした時に出てくる質素な人、平たい言葉でいえば地味な人だ。

「青森の人さ、新幹線が来るのをずーっと待ってたんだ。オレも、助役も、保線の人も、駅長も、みんな新幹線が来るのをずーっと待ってたんだ。表情に出てねぇけれど、心の底からいつ来るかなーなんて思ってたんだ。それに携われるだけでもいいでないかな。オレ、幸せだな。」

その言葉と微かに動いた口元を見ただけで、本当に望んでいたことなんだと僕は知った。木瀬狩駅に赴任してきた時もそうだし、開業が決まった日もそうだった。青森の人は本当に新幹線を待ち望んでいたんだ。

その思いを皆が持っているのか、駅の構内で作業している工事関係者の人も楽しそうだった。工事する場所が開業前だという事で本来は追い込みがかかっている時期なのだけれど、その大変さすら楽しんでいるような雰囲気だった。

 

ただその中でひとり、寡黙な人がいる。泉谷駅長だ。常に彼は駅長室にいない。大抵新幹線ホームの東京寄りでポツンと佇んでいる。試験用の列車が幾度となく到着するその風景を駅長は常に眺めていた。

開業まであと40日、東京からの通し列車と呼ばれる開業を前提とした列車がやってくる。通常ダイヤでは八戸駅で折り返すのだけれど、この列車からは八戸駅で乗客を降ろして、その後運転士の試走を兼ねて新青森駅までやってくる。スケジュールを確認すると、お昼前位にやってくるそうだ。

「新井先輩、いよいよ来ますね。東京からの新幹線。」

「ああ、そだな。助役もウキウキしてるぞ。」

「ま、僕らはそんなに関係ないことなんでしょうけどね。さてと、マルスの電源を入れて……っと。」

その時、駅長の声が駅構内に響き渡った。

 

「あーあ、駅長の泉谷だ。親愛なる新青森駅で勤務している諸君に次ぐ。」

皆一斉に仕事の手を止め、駅長の次の言葉を待った。

「まもなく、東京から新幹線がやってくる。今までは試験走行だった。八戸から青森まで往復していただけの新幹線だ。だけど、この新幹線は違う。東京から直接やってきた新幹線だ。車掌や運転手も通しで運転してやってくる。そう、いよいよ東京と青森が一本の新幹線で繋がるんだ。

 思えば、オレが国鉄に入ってから長い時間が経った。オレと助役は新幹線が出来るといわれてずっと待っていた。その間に助役の友達、そしてオレの親戚だったヤツが八甲田で死んだ。新幹線を通す、それはあいつの夢だったんだ。

 そいつの子供は、今、その新幹線を運転している。親父と子供が夢を叶えたんだ。この新幹線を、東京から来るこの新幹線を、最敬礼で迎えたいと思う。手が空いている奴は14番ホームに上がって来い!新幹線が来るまであと5分!

 

手が空いている奴は全員上がって来い!コレは駅長命令だ!」

 

 

 

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