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2011年8月 5日 (金)

新青森:第五話

 不思議という言葉の意味を僕は考えていた。いや、考えてようとしても考えられないなんだかふわふわとした感情、こういうことを不思議と言うのか……。いや、そうじゃない気がする。

あの<ねぶた>から約一週間。お盆の帰省ラッシュが始まり、駅では老人とと若夫婦一家の出会いが目に付くようになった。ちょうど改札口の目の前を小学生らしき男の子が通って行った。虫取り用の網と籠を携え、夏を満喫しようという気マンマンだ。

(あの子と同じぐらいだよな。)

笑顔で駅から出ていくその男の子の後姿を見て、僕の心には少し複雑な感情が生まれた。

 

 

 

 6月のある日。僕はセンパイの親戚が作っているという<ねぶた>を麻衣ちゃんと見に行った。約束の時間までちょっとあるという口実の下、青森駅近くの「アウガ」というビルの地下にある市場でご飯を食べた。食べ終えた後は上の階に行ってウィンドーショッピング。

(うん、完全にデートですね。わかります。)

流れでデートみたいにになってしまったけれど、これはこれでいいかもしれない。このままいい感じで恋人関係になっちゃって星空を見ながらギュッと肩を抱いて……って、彼女はまだまだ高校生。色々と問題になる事は明確だから、少しは節制しよう。

 

『ねーねー、トウキョーさん。こういうワンピースってどうかな?』

彼女が洋服を見定めては僕に意見を聞いてくる。こういうのって「デート」っぽくてちょっと嬉しい半面、センパイに見られたらどう言い訳しようかちょっとだけ困る。

「へぇ、フリルが付いて可愛いね」

『そーでしょー。ココのお店東京に本店があるんだよー。』

「……だからか。お値段は可愛くないね。」

『そっかなー。……あれ、私値段の桁ひとつ間違えちゃった。』

(……うん、これだけ聞いたらデートですね。)

予定の時間まで約30分、そろそろ移動しておこう。

「そろそろここもおしまいにして、<ねぶた>作ってる所に行きますか?」

『そっだねー。アスパムの近くらしいから案内してあげるよ。』

「場所、わかるの?」

『ん、何となくねー。ま、地元の人間だから大丈夫!』

 

その言葉を聞いてから、僕らは30分程度青森の街をブラブラ散策した。いや、正確に書くと迷った。本当ならアウガというビルから歩いて10分位の場所にあるという。

『いやー、面目ねぇ』

なんて彼女は謝っていたけれど、僕は他の街とは違う風景にかなり満足していた。青森駅には過去幾度か研修という形で訪れているけれど、コンパクトなんだけど、住みやすい街だなって思う。

ちなみに「アスパム」というビルは、特徴的な三角形の形状を模したビルのことらしい(これは街の人に聞いて初めて知った)。青森ベイブリッジという青森駅から見える橋のたもとにある。そのビルの下に、空の青に映えるような白い大きなテントが建っている、これが<ねぶた>を作っている場所なんだそうだ。

青森駅は幾度となく研修で訪れていたけれど、観光という形で青森駅を降りたのは初めて。その上普通は公開していない<ねぶた>の制作現場を見学できる。しかも横には麻衣ちゃん。……うーん、これは夢か現実か。

 

白いテントに近づいて、センパイの親戚が担当している<ねぶた>のテントを探す。困ったことにセンパイの親戚はすぐ見つかった。というか、向こうが僕らの事を見つけてくれた。センパイ曰く「オレとよく似ている」なんて言ってたけれど、それ以上。瓜二つという言葉がこれほどピッタリ合う人だとは。

「いやあーよく来たなー。まぁこっちこい!こっちこい!」

もちろんこの人も先輩に負けず劣らず陽気で喋りまくる人で、<ねぶた>の規模や熱気をものすごいテンションで教えてくれる。東北の人達ってこんなに情熱家だったのか、それともセンパイの一族がおしゃべりなだけなんだろうか。僕はちょっと引いてしまった。

「ああ、そうだそうだ。お前さん達はちょっとだけついてるぞ」

「今年な、ちょっとうちら進行が遅れててまだ色を付けてないんだ。明日から色を付けるんだけども、今の時期にしか真っ白の<ねぶた>は見れねぇから。裸の<ねぶた>を見てやってくれよ!」

……裸の<ねぶた>?。

「オレちょっと出かけてくっから、後はそっから入れっから勝手に若いもんだけで楽しんで!ヌハハハハ!!!」

……センパイの親戚はものすごい勢いで立ち去って行った。

さっきまで騒がしかった周囲が急に静かになっている。ちょうど周りのテントも休憩時間に入っているみたいだ。所在無げになりそうだったので、僕は彼女に断りを入れることなく、テント幕をまくってテントの中に入り込んだ。

「うわぁ……すごいね。」

夏の熱気がこもっているテントの中には真っ白な紙で作られた彫刻のようなものが多く鎮座していた。これが<ねぶた>なのか。テントの白と相まって、何か雲間に隠れた天使のような気分になる。これに色づけされていくのか。

僕らの中から言葉が消えていく。圧倒されているのか、それとも距離を取ろうとしているのかわからない。ただただ静かに白い<ねぶた>が僕らを取り囲んでいる。

 

 

『言葉にしねぇと、始まらねぇぞ。』

何処からか、子供の声が聞こえる。僕は彼女を置いてけぼりにしてその声がする方へ目線を向けた。そこにはずんぐりとした少年が腕組みをして僕を睨んでいた。

『言葉にしねぇと、始まらねぇぞ。姉ちゃん、人気あんだぞ。』

「……姉ちゃん?」

姉ちゃんと呼ばれるような人はこの場所には彼女しかいない。目線を彼女へ向け、もう一度子供の方へ目線を向けると、そこに子供はいなかった。

 

何か、ヘンなものを見たのだろうか。僕は蒸し暑いテントを出た。海風が火照った顔を冷やしてくれる。急にテントから出て行った僕を追っかけて彼女が声をかけてきた。

『どした?』

「……んー、やっぱ昨日寝てないからかな。ちょっと、ね。」

ペチッ。頬を手で叩いてみる。

『駅員さんなんだから、そこら辺はきちんとしとかないと。』

「そうだね……。」

『ところでさ、さっき「姉ちゃん?」って言ってなかった?』

「うん、テントの中に男の子がいたんだよ。」

『男の子……?。』

「そうそう、小学校3年生ぐらいのぽっちゃりした子でさ。その子が『姉ちゃん』っていうんだよ」

僕の言葉を聞いた彼女が、急に空を見上げた。

『そっかー、来てくれたんだね。』

「え?来たって何が?」

彼女はゆっくりとうつむき、何かを堪えているようだった。

「もしかして、……弟さん?」

『……そう、だと思う。でもよくわからない。』

「どうして?」

 

 

『だってあの子……、この世にいなんだもん。』

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