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2010年11月 6日 (土)

なんとなく駅の工事を見て思った。

 私の近所の駅が現在バリアフリー対応工事を行っている。

今からおよそ35年前に高架化されたその駅舎は、その時代の風情をいまだ色濃く残している。この会社の駅舎にありがちな長い木製の椅子とガラスブロック型の照明が組み込まれた階段。そして駅舎の規模からすると大きすぎるトイレ。全てが上り調子だった頃を色濃く残している。

また、この時代の駅舎は合理的なところを重要視したデザインとなっている。細かく見ればいい味わいがある駅舎なのだが、それ以上に無駄を徹底的に排除している。なので、ホームへと続く階段は線対象のような形状になっている。後の規模拡大を意識してか、ひとつのホームへはエスカレーターが付けられるような準備工事すらされていた。これもまた合理的なところだ。

そんな駅のホームにエレベーターを設置する。コレでバリアフリーになると鉄道会社はいう。ただ私は思うのだ。このバリアフリー化工事のついでにこの駅舎の改札口と切符売り場の場所も変わる。新しくできる改札口の駅員さんがいる場所はあまりにも小さい。

ということは、このバリアフリー化のついでに新たなステージへと移行するのではないか。新たなステージ、と言ってもそれは海に飛び込んだり空へ打ち上げられたりキノコ食べて巨大化したりという事ではない。ここでの新たなステージ、それは

無 人 化 。

人口減少時代に突入し、鉄道会社も鉄道だけでは経営が成り立たなくなってきている。もっと平たく言えば「鉄道では儲からない」時代になった。儲からないのであれば、出来る限り赤字の幅を圧縮するのがスジとばかりに、ここ最近の鉄道会社は事ある度に「列車のワンマン運転」「駅員・車掌を契約社員(アルバイト)で採用」「駅業務の子会社化」等と、お金を使わない方へ舵を切っている。その行きつく先が「駅の無人化」だ。

そりゃ一番金がかかる「人件費」をもっとも単純な手で削除するには人を配置しないのが一番だろう。監視カメラを配置し、インターホンを置いて大きな駅で対応する。それはものすごく簡単で経済的だ。だけど、それでいいのだろうか。

人は人がいるところに集まる。私のような偏狭な人間だと人のいないところへ行く場合もあるかもしれないが、そんなのは例外中の例外。人が集まる事で何らかのイベントが発生したり、何らかのイベントが行われるから人が集まったり……ともかく、人は人に会いたいんだ。

無味無臭乾燥しきったような駅が増えていく昨今、その中でも駅員さんは頑張っている。鉄道会社を代表するように改札口で背筋を伸ばし、乗客の安全と安心を提供している。なのに、時代は駅員さんを必要としなくなった。いつの間にか機械ばかりが増え、そして駅員さんはいなくなった。

この工事で、助かる人は大勢いる。もちろん私もその一人だ。だけど、その工事が完成すると人が駅から消えるかもしれない……、そう思うと複雑なのだ。鉄道会社の皆様に申し上げたい。目に見えないところで努力をしている駅員さん達をもっと高く評価してもらいたい。そして人がいる事で得られる安心感は何物にも代えがたい。安易な支出で見るのではなく、安心を提供すると思って人を駅に配置し続けてほしい。

……と、ダラダラ30分かけて書いてみました。1200文字、原稿用紙にして3枚分。書けるもんですねぇ。ただし文章は滅茶苦茶ですけどね(笑)。

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