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2009年1月31日 (土)

ある記事を読んで

 広島に行っている間にちょっと面白い記事がありましたんで、本来の記事を更新する前(と言いますか、まだ写真を編集中です)にサクっと紹介しておきます。

3月に行われるJRのダイヤ改正で、何故かJR西日本の大阪圏では終電の繰り上げが行われるそうです。

<ココから引用>

JR西 終電早めます…脱線事故教訓 異例の“決断” 運転士の体調配慮/夜型社会にも一石

 JR西日本が1987年の民営化以来初めて、東海道線など京阪神の主要路線で、終電時刻を数分から最大20分程度早めることがわかった。福知山線脱線事故を教訓に運転士の体調管理に配慮した措置で、終電時刻繰り上げに踏み切るのはJRや私鉄でも極めて異例。専門家は「都市の終夜型ライフスタイルを変える契機となる」としている。

最大20分、3月改正

 3月14日のダイヤ改正で実施する。東海道線では大阪発午前0時41分の高槻行き普通電車が同28分発に繰り上がり、大阪環状線や阪和、奈良各線などでも、ターミナル駅の出発時刻を早める。福知山線や関西線など深夜利用の多い路線については見送る方針。

 JR西の場合、終電車の運転士は車庫に列車を回送した後、5、6時間の仮眠をとって翌朝から乗務している。脱線事故後に社内に設けた「安全推進有識者会議」で、「ミス防止には、睡眠不足による集中力低下を招かないことが必要」という指摘があり、体調管理を考慮して終電時刻の繰り上げを検討していた。

 JR西は「運転士の睡眠時間を少しでも増やすことができる。今後も労働条件や労働環境の整備によって安全性を向上させたい」としている。会社員らの帰宅時間が早まることで、飲食店やタクシー業界の売り上げにも影響を与えそうだ。

 JRと競合する阪急や京阪などの関西私鉄では、ターミナル駅発の終電がJRより10~30分程度早い路線が多いが、年々、出発時刻が遅くなる傾向という。

 安部誠治・関西大教授(公益事業論)の話「利益追求より安全を優先する会社に転換する一歩ととらえたい。夜型の生活様式にも影響を与え、環境面の効果も期待できる」

(2009年1月24日  読売新聞)

読売新聞さんの当該記事へのリンクはこちらをクリック

…えーっとですね、この記事の中にはものすごく聞こえのいい言葉がズラリと並んでいますが、実際のところは「金にもならない列車を運行するのはヤメ」ということではないでしょうか。JR西日本は鉄道という公共性の高い企業ではありますが、株式を公開している一般的なフツーの企業です。今回の一件は「お金にならないことを割愛することで利益性を高める」のが狙いではないかと思うのです。

次のダイヤ改正で寝台特急の「はやぶさ」と「富士」が廃止され、夜行快速の「ムーンライトながら」と「ムーンライトえちご」が臨時列車に格下げとなります。この側面だけ切り取れば「夜行列車の文化を無くすな!」と高らかに叫んでみたくもなりますが、実際は利用客数が減少した、簡単に言えば「利用されなくなった」から廃止されるワケです。

それと同じような図式が今回の記事には見え隠れしています。実際に終電が遅くなっても利用する人は大抵定期券を持たれた方、つまりは「固定客」です。固定客も大事なお客様の一人ではありますが、それよりも通常の切符を買って乗られるようなお客様が増える方が収益の面から見ると大事だったりします。

乗る際に切符を購入するようなお客様の場合、わざわざ終電に乗らなくてもそれ以前に帰宅できるよう調整したり、駅近くのビジネスホテルやネットカフェ等に寝床を確保する等「あえて終電に乗らなくてもいい」選択肢を取る方が多くなったような気がします(現に私も宴席がある時は何があってもいいようにホテルをわざわざ用意するようになりました)。

運行しても利益が上がらないのならば、利益を上げるために運行しないようにする。これは経済上ごく普通の事だと思います。でもその考え方はあくまで「利益追求」の一つです。それなのにどうして「安全」とか「運転士のミスを防止する」等の聞こえのいい言葉を付けるのでしょう。安全対策はコレで万全だと宣伝したいのでしょうか。

…さて、次の記事の更新はいつになるんでしょうか?この後不意に更新しますので今しばらくお待ちください。

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2009年1月24日 (土)

広島に行ってきますです。

 新幹線の父と言われた十河信二は、亡くなった後故郷へ戻る際新幹線を利用しました。その遺骨と遺影はグリーン車に設けられた安置所に置かれ、停車駅では待ち受けた数多くの国鉄マンの敬礼を敬礼を受けたそうです。

彼が亡くなって27年、0系新幹線が最終運転を終えました。その日私は新大阪駅で葬式鉄が集まるのを見ながら親族の待つ広島まで移動したのを覚えています。今日もこれから広島へと移動するのですが、その広島駅での一コマがyoutubeにアップされていましたので、こちらをご紹介します。

(駅係員・乗務員達の敬礼)

(別の角度から)

(車内から)

…本来でしたら勝手に張り付けるのはどうかと思います。でも、0系の引退でこういう一面があったということだけでも覚えて頂けたら幸いです。

それでは行ってまいります。来週はきちんと更新できるハズです。

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2009年1月17日 (土)

神戸を見てきた

 大空を瞬く星の意味を私は未だに理解できない。どこに北極星があるのか、どこにオリオン座が煌めいているのか、どこに明星が輝くのか。地上の星は燕に聞けばわかるかもしれない。プラネタリウムに行けば親切な学芸員さんからオリオン座の位置も意味も教えてもらえるかもしれない。ただその時は「素敵だね。」と横にいる女の子に言いながら聞きたいとは思うけれど。

 あのころの未来に立っているとも思えない。全てが思うほど上手くいくとは思っていないし、思っている以上に上手くいったらそれはそれで問題があると思う。上手くいく人間がいる一方で、上手くいかない人間もいる。まぁ、所詮人間なんてそういうもんだ。

 そのうち、私にも永久に目を開けない時が来る。その時まで私は一生懸命生きようと思う。その時が50年後なのか100年後なのか、それとも明日かもわからない。…先ほどからよくわからない文章が続いているが、今日はそういうことを考える日だ。

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 今日は多分ニュースで色々と神戸の話を取り上げられるだろう。でも、それは関西圏以外の人からすれば単なる季節の風物詩でしかないと思う。関西圏在住の私からすれば「新潟県中越地震」も「奥尻島の津波」も、「そういうことがあったんだねぇ」というレベルになってしまった。

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そのうち忘れてしまい、ワイドショーで何となく取り上げられた内容を見て「へぇ」と言う位になってしまう。人間の記憶というのは忘れるように作られているらしい。本当かどうか分からないけれど。

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 14年前の災害を思い出す1月17日、今日という日を迎えるにあたって、何となく被災現場が今どうなっているのか見てきた。ニュースの被写体として衝撃的に伝えられたあの風景のその後。もちろん個人が撮影してきたものなので期待をしてはいけない。

 まずは伊丹駅。

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関西圏の人には多少馴染みがあるが、それ以外の地域の方はあまり分からないと思うので説明するが、「伊丹」と名前が付いた駅はJRと阪急の2つ存在している。よく震災の写真で登場する倒壊した伊丹駅の駅舎は阪急の方だ。

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元々は阪急の方が栄えていたのだけれど、JRの駅前に大型ショッピングモールができたことと、JR伊丹駅が在籍しているJR宝塚線が民営化以降便利になったので、最近ではJR伊丹駅の方が栄えている印象がある。利便性を向上させたのが遠因となって事故も発生したことは記憶に新しい。

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倒壊前の伊丹駅は高架橋にした際宝塚方面への延伸計画を容易に進めようと支線の駅としては結構立派な2面3線、将来的には追い越しができるようなホームの構造になっていたそうだ。現在はその影もない。

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(1面2線の阪急支線としては標準的な駅舎になった)

路線自体は震災後約2ヶ月経った1995年3月11日に仮駅として再開したものの、崩壊した駅舎自体を撤去し、新たな都市計画の元立て直すため、元の場所に戻るには3年以上の月日を要した。現在は「Reita」というショッピングモールの3階にこじんまりと入居している。

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駅舎の周囲はきちんと都市計画がなされているので、それなりに立派な状態になっているのだけれど、残念なことに震災に関するモニュメント等を私は見つけることができなかった。駅舎自体がモニュメントであるとするならばそれはそれで凄いことだし、単に私が見つけられなかったのかもしれない。

 次に六甲道駅。

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この駅も先程の阪急伊丹駅と同様に高架となっているが、阪急伊丹駅と違って震災から約3ヶ月後の1995年4月1日に開通している。路面や梁を再利用し、高架橋の柱だけを再度作ったそうだ。現に高架橋の部分を見ると、上と下では作られた時期が違うのが一目見ただけでわかる。

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その工事の顛末はたびたびテレビや雑誌で紹介されているので詳しくは説明しないが、とにかく迅速な行動に驚かされた。

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南側の駅前広場へ向かう歩道の傍に小さなモニュメントが設置されている。円筒の中央部分をくりぬき、そこにレールを模した金属の板を渡らせてある。シンプルで力強いそのモニュメント。ただそのモニュメントは風景に溶け込んでしまい、あまりその存在を主張していない。

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(高層マンションが多いのは快速停車駅だからか)

 最後に新長田駅。

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大阪は「くいだおれ」、京都は「着だおれ」、そして神戸は「はきだおれ」と言われることがある。「はき倒れ」と言っても京都で着物の帯をきつく締めすぎた人が大阪で食べすぎて嘔吐する…というのではなく、神戸は昔から靴を作っていた。新長田駅がある長田地区はケミカルシューズを沢山作っていた街で、小さな工場がひしめき合って沢山の靴を作っていた。

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関西のお好み焼屋なら必ず置いている「そばめし」も、この長田地区が発祥の地。食事の際に冷たくなった弁当のご飯を焼きそばと一緒に焼いて食べたのが始まりという。個人的には大好きな「ぼっかけうどん」もこの長田が発祥だ。

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小さな工場がひしめき合っていたということもあって、震災の時この街は焦土と化した。その際この新長田の駅も崩壊した。1995年の3月9日には仮設の駅で営業を再開、現在の駅舎に再建されるのはその日から約1年後の1996年4月3日になる。

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駅の周囲は震災以後に建てられたビルが多く立ち並んでいる。撮影したのはちょうどクリスマスイブ、ビルの中に入居しているショッピングモールからはクリスマスのイベントが開催されており、駅前は華やかなムードに包まれていた。

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新長田の駅の構内には「元気HAKOBEこうのとり」というタイル画がある。全国各地から様々なイラストやメッセージが寄せられており、その中には有名人の名前も沢山ある。ただこの場所も先程の六甲道駅のモニュメントと同じく己の存在を主張していない。

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(目に映る眺めはそう悪くはない)

 

 

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 実はこの記事を書くきっかけになった記事がある。神戸市内のみならず阪神大震災で被災した地域には阪神大震災のモニュメントが150か所以上あるらしい。

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(神戸国際会館の上にもモニュメントがある)

そのどれもが生活に密着したような状態で設置されており、注意して探さないと見つけられない状態になっている。

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(神戸ルミナリエもモニュメントの一つだ。元の目的を忘れて単なるデートイベントになってきたのは喜ぶべきことなのか嘆くべきことなのか。少し複雑な感じがする)

あの年からもう14年、「もう」なのか「まだ」なのかは私は未だに断定することはできないけれど、今一度モニュメントを通じて考えた。災害はそこにある。

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(忘れないから、思い出さない)

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2009年1月14日 (水)

中之島線でダイエット

 京阪中之島線は利用者が少ないらしい。

Rc110(休日になるともっと少ない)

開業後1か月間の利用客数を調べると、1日の利用客数が予想の8万人ではなく3万人程度とのこと。簡単に言えば40%未満ということだ。そりゃあ少ないがこれには色々と理由がある。

一般的な理由としては中之島線の路線。天満橋駅~大江橋駅区間は既存の京阪本線とバッティングする。これはで自社内で利用客のシェアを争う結果となり、必然的に利用客の混乱を招く結果となった。

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次に路線の接続。京阪本線は大阪の大動脈である地下鉄御堂筋線と接続するものの、中之島線は渡辺橋駅で地下鉄四ツ橋線と接続するだけ。これでは乗り換え客も見込めない。将来的には中之島駅と「なにわ筋線」が接続する計画となっているが、あの府知事の事なので果たして実現するかどうか。

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あと理由に挙げるとするならば、中之島沿線が大阪市内の中ではかなり「成熟した場所」だということ。成熟した場所に新たな活力を与えるために新規路線を開業した…と言えば聞こえがいいのだけれど、高度成長期に建てられた古いビルやマンション等が立ち並んだある意味「取り残された地域」。

Rc112 (渡辺橋駅にある再開発のイメージ図)

現在中之島線沿線で大型再開発が進められているものの、完成するまでは乗客増にはつながりにくい。しかも中之島駅界隈は大阪駅から徒歩圏内。京橋や天満橋に出るより大阪駅周辺の百貨店や専門店へ出向いた方が楽だったりする。その点から考えると中之島線は余計に利用されにくい路線になっている。

…そんなアゲインストの風が吹きまくる中、新たに生まれた中之島線の乗客数を増やす方法はないだろうか。前置きが長くなったが、今回のテーマは「中之島線の活性化」だ。

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(中之島線開業直後の飲食店街「ミナモ」)

 一応京阪さんも手をこまねいているワケではない。中之島線の認知度をあげようとテーマソングを作ってみたり、大江橋駅や渡辺橋駅に飲食店街を設けてビジネスマン達への憩いの場となるよう工夫を施している。

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(なにわ橋駅にあるアートエリアB1.こちらも開業時に撮影)

異質なのがなにわ橋駅にある「アートエリアB1」というスペース。ここでは大学と産学が一体となったイベントを開催し、駅から文化を発信させようとしている。

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(だが実際問題それが効果を出しているかどうかは定かではない)

ソレから比べれば私が考えたのはある意味奇特なものだ。それは「中之島線でメタボを解消しよう」というもの。電車とメタボ、あまりにもつながりにくいがよくよく考えれば繋がっていくのだ。

まずは中之島線の駅がどの場所に開設されたのかを再度確認してみよう。

天満橋駅から別れた中之島線は、土佐堀川を潜って中之島へと辿り着く。ただ辿り着くだけでなく、既存の地下鉄に影響しないよう路線は深く潜っている。ということは通常の地下鉄と比べると圧倒的に階段の数が多いということになる。

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(地下の構図はこんな感じ。とにかく深いと思ってください)

必然的に地上に出る際は時間がかかるし正直しんどい。しかし、エレベーターやエスカレーターを使って出るのではなくあえて自らの足を用いて階段で地上へ出向く。そうすれば通勤で毎日往復するだけで相当なカロリー消費となり、自然とダイエットに繋がるということになる。

 

そしてよく見て頂きたいのが中之島駅と渡辺橋駅の立地。よく見ると中之島駅の場合近くに阪神電車の福島駅、JR西日本の福島駅と新福島駅に隣接している。渡辺橋駅も福島駅に比べると若干距離はあるものの、大阪駅への徒歩圏内に立地しているのがよくわかる。大阪駅に行くために歩く。それだけでも十分運動になる。

地図だけ見ても仕方ないので実際に歩いてみよう。

Rc119 (メタリックがまぶしい渡辺橋駅)

渡辺橋駅の周囲は大阪のコアなビジネス街である「四ツ橋筋」。周囲は常にビジネスマンが闊歩している。

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その駅の7番出口から地上に出ると目の前には駅名になった渡辺橋。渡辺橋を渡ると、そこは「堂島」と呼ばれる場所だ。あまり私には縁が無い「北新地」という歓楽街もこの地域にある。ちなみにサントリーの本社があるのもこの「堂島」だ。

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大阪駅から淀屋橋駅までの御堂筋と比べると、大阪駅から渡辺橋駅までの四ツ橋筋はビジネス街という立地だけでなく、大阪駅も近いからかかなり人通りが多い。沿道には堂島ホテルとヒルトンホテル等の有名なシティホテルが建ち並ぶ。途中から地下街も併設されており、どうやら必然的に人が集まるようになっているようだ。

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気がつくと目の前には大阪駅周辺の象徴とも言われる丸ビルの姿、ちなみに私の足で大阪駅まで約15分で到着したので約100キロカロリーは消費したことになる。ビバ渡辺橋。

Rc124 (福島駅、ナイトバードはこの駅発着でした)

そして福島駅から中之島駅も歩いてみよう。大阪環状線の福島駅からだと、中之島駅までの案内はほぼ案内が無いに等しい。しかし駅の改札口に朝日放送と大阪国際会議場への地図が出ている。

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この新しく完成した朝日放送社屋の対岸、そしてグランキューブ大阪の近くに中之島駅がある。この案内に沿ってとりあえずは朝日放送まで移動していく。

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(阪神福島駅の近くにJR東西線の新福島駅もある)

道中大きな交差点に遭遇する。ここが阪神電車の福島駅とJR東西線の新福島駅の場所。連絡する地下道を使って移動することも可能だけれど、どちらかと言えばこの福島界隈の街並みを楽しむことをお勧めする。じゃりン子チエの世界観だけが大阪の下町ではない。

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(前の社屋から比べるとまぁ何と立派になったの>朝日放送さん)

国道2号線を渡ることになるので多少時間はかかるものの、コレはこれで面白い。新福島駅や阪神の福島駅からだともっと時間はかからない。進行方向左手に見えてくる新しくなった朝日放送を見て、橋を渡るとそこがもう中之島駅。距離をそれほど感じることなくアッサリと到着できる。

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中之島駅の階段まで私の足で約10分程度、80キロカロリーの消費。意外と消費している。

Rc122(お勧めします)

ちょっと運動する。それだけで意外な交通機関と接続できたり繁華街へ移動することもできる。体にいいことだと私は思うので、もしお時間がありましたらみなさんも一度お試しになってはいかがでしょうか。…どうですか?中之島線を使いたくなりましたか?

 

 

<オマケ>

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ちなみに中之島駅から福島駅最寄りの階段(1-D出口)はこれ位あります。

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その階段までは改札口から約5分かかります。ヘトヘトの状態で階段まで移動するとこういう表情が自然と出てきます。

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(そりゃ疲れるって)

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2009年1月 3日 (土)

2009年だそうで

 本来なら冒頭で「あけまして」と書くのでしょうが、当方ただいま喪中でございます。新年の挨拶を御辞退申し上げます。寒中ですので「寒中お見舞い申し上げます」と書けばいいのでしょうけれど、まぁそこはソレ。

とにかくお正月ということで、皆様も帰省したり旅行へ行ったり初詣に行ったりデートしたりとお楽しみの最中ではないかと思いますが如何でしょうか。私も一応正月気分とまでは行きませんが、来週の週末はえべっさんにお伺いする予定です。正式にいえば喪中の人間は神社へお参りすることはダメなんだそうですが、商売と喪中どっちが大切だと言われば即答で「商売」と答える大阪人。商売の神様は大事にしないといけません。

…で、実はその週末大阪で「鉄道わくわくフリーマーケット」が開催されます。時間がありますのでそのイベントにお伺いしようかと考えております。えべっさんのついでに行くのか、それともヨドバシさんに行くついでに行くのかはまだ決めかねておりますが、とにかく10日11日12日のどこかにお伺いしようかと考えております。もし同好の皆様で私を会場内で見かけた時には、生暖かい目で見守って頂けたら幸いです。

それでは2009年も宜しくお願い致します。

レールウェイコンシェルジュ あすやん。

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