つばめが翔んだ日
私は昔から鉄道が好きでした。子どもの頃、自宅の近くで走っている電車を見ては『あの電車はどこに行くんだろう』とワクワクしていたものです。そして時が経つにつれ鉄道以外にも興味の対象が広がっていき、何時の間にか鉄道が好きだったという気持ちが思い出の小箱の隅に追いやられていきました。
…しかし、その思いを再び思い出させたのがJR九州さんでした。初めての一人旅で行った九州で初めて見た特急や普通列車のデザイン性に今まで体験したことの無い衝撃を受けたのです。これはまるで美術品ではないか、今まで体験していた鉄道というのは一体なんだったんだ…。私は駅の片隅に置かれていたパンフレットを手にとって思わず自宅に郵送、帰ってから鉄道関係の資料を読み漁りました。
その衝撃は大学の卒業論文のテーマを当初決めていたものから変更してしまう位のものでした。その後紆余曲折を経て現在に至っているわけですが、この時の衝撃がなかったら今みたいに鉄道を愛してしまうということは考えられなかったと思います。ただ、あまりにも鉄道を愛してしまったために私は…
わー、オレ「つばめ」になっちゃったよー(注1)。
朝起きると頭が妙に固い。なにやらデコボコしている。起きて真っ先に鏡を見るとそこには787系の姿が。あまりに鉄道、しかもJR九州を愛するあまりに頭が電車になってしまいました。擬人化鉄道というのは聞いたことがありますが、擬鉄化人間というのは聞いたことがありません。ヤバイです。かなりヤバイです。でもそんな状況でも今日一日の予定をこなさなくてはいけません。人と会うという約束を果たすために早速大阪市内へ。
大阪で待ち合わせといえばビックマンやロケット広場が思い浮かぶ人が多いかと思います。しかし、私の場合は何故か大阪マルビルを選ぶことが多いのです。何せ今回の待合せはちょっとした男と女の秘め事…。そう、『でぇと』なのです。
都会のコンクリートジャングル、その中にポツンとある広場で春先の暖かな日差しを感じつつ彼女を待ちます。近くのスターバックスで飲み物を買いながら小一時間待っていると、一通のメールが私の携帯に飛び込んできました。
そこには『行けなくなりました』という文字列。もしや、私の頭がこうなったからか?この頭を見て驚愕のあまり出会うのを諦めたとか…。いや、彼女に何かあったのだろう、何らかの事情があったのだろう。私は空いた時間を利用し、この頭をどうすれば元の頭に戻すことが出来るのかを検討する為歩きながら考えます。
(何気ない街並みを歩く私。周囲の人は見て見ぬフリ)
神宮寺三郎のタバコや猿渡俊介のブラックジャックの様に、私は物事を考える時必ず歩きます。このような頭を解消するにはどうすればいいか、鉄道界のみならず医学界にも衝撃を与える今回の出来事。まさかJR九州さんに聞くというわけにはいきません。そこで近くのインターネットカフェに入りネットを検索してみると…
近畿車輛という会社のホームページに787系の姿が。調べるとどうやらこの会社が787系を製造していたそうです。それならばこの会社に行けば何らかの具体策を聞くことが出来るのではないか?
近畿車輛さんはモノづくりの町東大阪に工場を構えています。最寄り駅はJR西日本学研都市線の徳庵駅。JRが最寄り駅なのにも関わらず、何故か会社は近鉄系列というちょっとした謎を持っている会社だったりします。徳庵駅からは歩いて5分程度の距離。ちょっと歩くとそこには澄み切った青色で書かれた『近畿車輛』の看板が設置されています。
…よし、ここまで来たら後は大丈夫。 後は工場の人にこの頭の原因と対策を相談すればいい。入口近くまで辿り着いた時…
今日祝日で工場休みやん。
…本末転倒とは正にこのこと。カレンダーにも書かれていたことなのに、どうして気づかなかったのでしょう。カレンダーを思い出していれば今頃こういう無駄なことをしなくても済んだのに。
仕方なく私はまた周囲を歩き倒します。歩けば歩くほど何らかの解決方法を見出せるのではないか…。淡い期待を信じて私は歩き続けますが、何も思い浮かぶことが出来ません。同じ場所で歩いているからだ、そう感じた私はJRの改札口を潜りぬけ違う場所へと向かいます。
(列車の中に列車がいるという珍妙奇天烈な状態)
新快速に乗って30分、辿り着いたのは古都京都でした。古き文化を代表する街である一方、革新的なものも受容する懐の大きさを持つ街であります。そんな街ならば、今の私の悩みを解決できるのではないか。淡い期待を膨らませつつ改札口へと向かいます。
京都はもう春の雰囲気、京都駅は観光、ショッピング、そして待合せの人々で賑わっています。しかしその周囲の人々は『何らかのアトラクションか?』という視線で私を見つめていきます。
考え事をしながら京都駅周辺を歩いていると、あることを思い出しました。寝る前、私は『つばめ』に関するサイトを見ていました(今から思えばこれを見ていたからこういう頭になったのかもしれません)。そこには終戦直後に走っていた2代目のつばめを牽引していた蒸気機関車が京都に保管されている…といいます。丁度私は京都に来ています。もしやその蒸気機関車に逢えば何らかの解決方法があるのかもしれません。
そこで訪れたのが京都駅から歩いて約20分の場所にある梅小路蒸気機関車館。ここは蒸気機関車の動態保存活動を主としてJR西日本が運営している場所です。
入場口がある建物は山陰本線の二条駅旧駅舎を移築したもので、現在は資料室として利用されています。その奥に広がる扇型の建物に歴戦の勇姿を我々に見せ付けた蒸気機関車たちが格納されています。
しかもこの博物館は現役の車両基地『梅小路運転区』としても活動しており、実際にJR西日本管内で運行される蒸気機関車などを保守・点検。片隅には実際に走行する蒸気機関車に乗ることが出来るアトラクションも供えています。
そこに鎮座していたのがC62-2、徐煙板に銀色の『つばめ』が燦然と輝いています。この『つばめ』が元となり、C62-2は『スワローエンゼル』という愛称で呼ばれていたそうです。黒く光るボディと銀色に輝く頭。新旧『つばめ』のご対面であります。現在整備中ということもあり近づくことは叶いませんでしたが、それでも出会えたことに感動を覚えてしまいます。
「…C62さん。いや、スワローエンゼルさん。初めまして。」
「いやあ、チミ頑張ってるねぇ。九州で大活躍してるって噂は聞いてるよ。最近新幹線のつばめも登場したんだって?これからもまぁ世のため人のため頑張っちゃってよ」
「あの、ボク実は『つばめ』じゃないんです。朝起きたらつばめになっちゃってて…。」
「あ、そうなの?変わった事をしてるんだね。」
「それでどうすれば元に戻るのか相談しようと思って…。」
「ああ、そうなの?でもいいじゃない。キミは鉄道が大好きなんだろ?」
「ええ、そうですけど…」
「だったらソレでいいんじゃない?一発で鉄道好きだってわかるじゃないの。」
…スワローエンゼルさんのアドバイスがきっかけとなって、私の頭は未だ「787系」のままです。世間から一発で鉄道ファンだとわかるであろうこの頭を抱えたまま、私はこれから先も鉄道を愛していきます(注2)。
(注1:このセリフは某実写版デビルマンの口調で読むと面白いかと)
(注2:もちろんフィクションです)
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