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2007年1月23日 (火)

春日野道物語

 震災は色々なものを変えていきました。生活や仕事、風景や思い出…。神戸の方々にとって、震災は生活を語る上で必ず出てくるそうです。今回はその震災シリーズの一応『区切り』としてある意味有名な神戸の駅をご紹介しましょう。

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有名な駅、それは阪神電車の春日野道駅です。地下化と同時に廃止される運命だったこの駅も、工場関係者からの熱いラブコールによって廃止が撤回。しかし地下の構造を今更変更することも出来ず、無理やりに駅舎と2.6メートルという狭すぎるプラットホームを抱えるようになってしまったある意味有名な駅でした(ある意味『ビフォーアフター』が取材しそうな駅だったりします)。現在この駅の周辺にあった大きな工場はこの場所から撤退し、その跡地には震災を後世に伝える為の施設、震災で住宅を無くした方々のための復興住宅だけでなく、兵庫県立美術館や小学校、何故か温泉まで建設されております。

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(左:阪神電車旧春日野道駅ホーム、右:春日野道駅の東側コンコース)

それだけの施設が出来るということは、この駅を利用する人たちが増える、ということ。そんな状況なのに2.6メートルという狭いホームでは対応できないことは明確です。ましてや出入り口が一箇所しか設置できなかったので、バリアフリーの観点から設置されるエレベーターすら増築することが出来ません。そのため駅のホームを対岸に作り直し、バリアフリーに対応した駅舎にリフォームしました。旧ホームは補強用の壁が設置されたものの、そのまま残されており、この駅がどういう事で有名だったのかを語ってくれています。…このリフォームの結果かどうかはわかりませんが、現在隣の岩屋駅よりも乗降客が増えているそうです。

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(左:駅構内にある旧ホームのレリーフ、右:阪神電車春日野道駅東改札、こっちが増築された)

ただ、意外と知られていないことではありますがこの『春日野道駅』、実は阪神の他に阪急神戸線にも同じ名前の駅があります。しかもこの両方ともそんなに距離が離れておりません。

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 元々このあたり一体を「春日野」と呼ばれており、そこに出来た道の名前が『春日野道』、その道沿いに出来た駅だから…という理由で両者とも「春日野道」という駅名を名乗っているようです。実際阪神と阪急の駅の間(約450メートル)には「春日野道商店街」という名前の商店街があり、現在もこの地域の方々に愛されています。震災以降、多少店舗の入れ替わりや廃業がありましたが、それでも地元の皆様に愛されている商店街であることには変わりありません。それではもう一方の阪急電車さんが所有する『春日野道駅』をご覧頂きましょう。

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駅舎自体は昭和初期の建築デザインに利用者の利便性を強引に掛け合わせたという代物で、高架の駅という括りならば比較的どこにでもありそうな駅舎だったりします。ただこの『春日野道駅』、駅名が駅名だけに

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ホームが狭いんです。

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(左:ホームには電車のマークで注意喚起、右:電車が通過する時だけでなく到着する際も『注意』が点灯する。)

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(左:阪急電車の横はJR、右:改札口へ通じる場所も狭い)

… 阪急電車も戦前に出来た駅のホームを何とか延伸した、というところが何駅かありまして、その一つとしてこの春日野道駅も数えられています。こういったホームの場合だとある程度列車の速度は制限されますが、春日野道駅の場合比較的広いということもあって極端な減速をすることなく列車は通過していきます。

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…とはいえ、この阪急春日野道駅も変わるかもしれません。阪急神戸線は現在春日野道駅と三ノ宮駅を地下線化し、神戸市営地下鉄に乗り入れるというプランを発表しています。ただこのプランに関しては神戸市側もちょっと難色を示しているそうで、一体どうなるかは未だに判りません。趣味的な視点から考えるとどういう接続方法をするのか、工事の方法は…など、色々なプランが頭の中を駆け巡っていきますが、果たしてどういう結果となりますか今は注意深く見守るだけです。

 

 

<オマケ>

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阪神春日野道駅に用意されているミラー。半球体なので色々な方向から見ることが出来る一方で、横幅が広がって見える。多分リアルで私を見たらこんな感じです。

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2007年1月21日 (日)

大開駅物語

ご案内:1月22日11時24分に記事を追加しました。

 『阪神・淡路大震災』が発生して今年で12年。思えば1月17日は色々なことを変えていった日でした。前回は阪神9000系を通して震災を何となく語ってみましたが、今回はこの震災によって変貌を遂げた駅を紹介いたしましょう。まずは写真をご覧下さい。

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地震に関する鉄道の記事を書いている以上、この場所が兵庫県内の何処かであることは確かなのですが、それでも『この写真だけでどこかを当てろ』というのは地元の方以外ではちょっと難しいと思われます。っていうかかなり乱暴です。横暴すぎます。お前調子に乗るのもいい加減にしろ!と言われても仕方ありません。正解を申し上げますと、この場所は神戸高速鉄道の『大開(だいかい)駅』がある場所です。

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(左:神戸高速鉄道大開駅改札口、右:大開駅構内)

『地下の構造物は地震に強い』と言われていましたが、この大開駅は残念ながら崩壊してしまいました。その理由としてこの駅周辺の地盤が軟弱だった…というのが一説に言われています。発生当時のニュース(確か朝日放送でした)では『地震の影響で神戸高速鉄道の大開駅の通路に自家用車が転落』という伝えられ方をしており、その時は

「地震でハンドルが取られて階段に車が突っ込んだのかぁ、慌ててるなぁ」

と思っていました。その数時間後、サンテレビを通じて私の目に映し出されたのは大開駅というテロップと共に波立っている道路と、その隙間から見える突き刺さった自家用車の映像。私の考えは一瞬のうちに過ちであると教えられたのです。

現在は復旧工事も終わり、大きな国道と共に街の風景として溶け込んでいます。周囲は大きなマンションやスーパーも立ち並び、あの地震の被害があったことすら忘れさせてしまう様に感じてしまいます。

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駅舎は新しくなり、走行する列車も変わりました。この駅の被害の記憶はインパクトのある阪神高速の倒壊を前にするとあまり目立つものではありませんでしたが、この駅が残した被害の様相は鉄道を愛するものにとって決して忘れることはできません。

…さて、

阪神・淡路大震災によって変貌を遂げた駅はここだけではございません。駅舎が倒壊した阪急伊丹駅やJR六甲道駅などもそうですが、違った意味で変貌を遂げた駅をこのあと一つ(正確には2つ)この後ご紹介しましょう。

 

追伸:検索エンジンなどで『大開駅』の画像を検索すると、このような画像が見つかりました。どのような状況だったのかを推測するには十分だと思いますのでリンクを設定させて頂きます。

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2007年1月16日 (火)

輝きは君の中に

 時代が変わるときというのは唐突にやってくる。最近そんな気分がしています。歴史の教科書を紐解いてみても、『ああここからこういう感じで時代が緩やかに…』なんていうのはほぼ見当たりません。(語弊はあるかもしれませんが)明治維新もそうでしたし、平安時代から鎌倉時代に変わるときもそう。唯一混乱していたのが『戦国時代』…だったような気がします(この点色々と言いたいことがある方もいらっしゃるかもしれません。何せ私日本史は高校時代に最高で3しか取ってません。何卒御容赦ください)。鉄道に関してもそうです。昨今はメンテナンスフリーという言葉に代表される『銀色の電車』が各鉄道会社で次々と登場しています。

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昨今株式問題で話題になりました阪神電気鉄道も西大阪線が難波へ延伸することもあり、その乗り入れ対応車両として1000系を導入しようとしています。自社系列だった武庫川車両という車両製造会社がメンテナンス業務に特化したこともあり、この車両は近畿車輛という会社で製造されました。ちなみにこの近畿車輛という会社、偶然かどうかはわかりませんが乗り入れ先の近鉄電車の系列会社だったりあします。

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阪神電車といえばあの独特な色使い。ちなみにこの色使いにも理由がリまして、青色系統の車両を『青胴車』、赤色系統の車両を『赤胴車』と言われて主に『青胴車』は各駅停車、『赤胴車』は優等種別と用途を分けて運用しています。これは阪神電車の各駅間が短い、つまり短距離でトップスピードに登りつめる為の工夫を『青胴車』に施しているからなんです(一時期あるテレビ番組で話題になりましたが、個人的には…)。今回導入される1000系も暖色系統を車体に施していますので、優等種別優先の運用となるようです。

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ただ難波延伸時に乗り入れるのはこの1000系だけではありません。もう一つ阪神電車には光り輝く車両が在籍しています。それが9000系という車両です。

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銀色に輝く異彩を放った車両、シンプルでありながらも阪神らしさを所々に兼ね備えたデザイン、この車両は現在阪神梅田駅から山陽電車の姫路駅までの長距離を走行する『直通特急』にも使用されています。本来ならば普通の人にとって「ああ、新しい電車できたんやね」程度で終わってしまう新車の投入も、この9000系に関しては格別の思いを感じる方々も多いかもしれません。

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この9000系が導入されたのは1996年、沿線にある川崎重工という鉄道車両製造会社に6両5編成(30両)が一括して発注されました。発注したという事は、それだけの車両が廃棄処分されたということです。その原因は1995年1月17日、阪神・淡路大震災です。

 阪神電車は都市部に路線を敷設したという事もあり、なかなか大きな車庫を設置することが出来ませんでした。そのため沿線の各地に留置線というものを作って、そこに電車を留置しています。そのため地震による車両の単独での脱線が多数発生しました。また、車庫も高架上に敷設していたため地震によってその高架が崩壊、廃棄せざるを得ない車両が多数発生する事態になってしまいました。阪神電車の車両を製造していた武庫川車両の規模は小さく、一気に多数の車両を製造することはできません。川崎重工さんに一括して発注し、製造されたのがこの9000系という車両なのです。震災当時、阪神地域在住だった私の友人が言っていました。

「この電車を見ると、色んなことを思い出すんや。それにこの電車銀色やろ?電車待っててこの電車来て止まったら、ボンヤリ自分の顔が見えるねん。今のオレってなんやろうな、助かってよかったんやろうか。あの時の人らはどう思ってんねんやろうか…って。」

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その9000系、難波延伸用の車両として様々な改造されるそうです。震災の悪夢を振り払うかのように登場した9000系は、また新たなる時代をその銀色の車体に映し出そうとしています。

 

 

追伸:それにしても1月17日にメンテとは。ちょっと粋じゃないなぁ>ココログ。

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2007年1月13日 (土)

時を書き写す・実践編

 市販の時刻表からダイヤを読み取って書き写す。…文章に直すとたった21文字の行動なのに、何故か問題が沢山ありました。まずは書き写す路線をどの路線にするのかという事。単線区間だとものすごく楽になりますが、それだとあまりにアッサリと終わってしまいます。また複雑すぎるのも考え物です。ダイヤグラムというのは単純な構造ゆえ簡単に書き記す事が出来ますが、パッと見ただけで理解されなければ役に立ちません。複雑さの原因は首都圏や関西地域などに存在している『複々線』という路線形体にあります。

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(JR西日本東海道線の複々線)

これらの路線は高速で走行する種別の車両と各駅に停車する車両を別の線路に用意し、運行系統を分けることを目的として敷設されています。確かにこれだとダイヤの設定も楽になりますが、これらを一つの図面に書き込んでいくと一見ではなかなか理解しにくい状態となります。また関西地域の鉄道会社はこの複々線をラッシュ時など有効に利用している場合があります。京阪電車の場合、本来各駅停車用として敷設されている路線に通過する列車を走行させ、他の優等種別の列車を次々と通過させています。これは大胆且つ画期的な方法として一部の方々の間では有名なお話となっていまして、そのためにダイヤグラムはますます複雑になっています。

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(私を悩ませた複々線の信号所・写真は吹田信号所)

違う面で有名なのが京都駅から関西空港・紀勢本線へと走行する系統の列車です。利用客に便宜を計る為、かなり複雑な運行経路を示している場合があるのです。例えば関西空港へ向かう『はるか』という特急、この列車の運行経路を文章で説明しますと

『京都駅~嵯峨野線(山陰本線)・貨物線~向日町駅~JR京都線(東海道本線)~吹田信号所~貨物線~新大阪駅』(青字の部分だけ本来の複々線・これは関西空港行きの場合だけで、京都行きの場合新大阪駅からそのまま複々線に乗り入れる。)

…ね、ややこしいでしょ?このあと『はるか』は梅田貨物線と大阪環状線、関西本線を通過してようやく関西空港へと繋がる阪和線へと走行していきます。これらの列車も考慮してダイヤグラムを書き込みますと、そのダイヤグラムを判読する行為そのものが『神の領域』に入り込む可能性があります。私はちょっとおかしいところもありますが、どこにでもいるようなタダの味気ない人間です。そこまで高望みは致しません。でも、色々な列車が走っているところのほうが見栄えもいいですし、書いていてちょっと面白いかも…。そこで思いついたのが…。

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(交通出版社発行・JR時刻表2007年1月号より)

JR九州鹿児島本線・博多~鳥栖間。この区間は現在の日本の在来線の中で最も高頻度の特急列車が走行している区間であり、車両も電車・気動車・客車と多種多様な状態。これはく私に『ダイヤグラムを書き起こすのだ』と命令しているかの区間であります。それでは早速ダイヤを書いてまいりましょう。現在パソコンでは時刻表の数字を元にダイヤグラムを製作してくれる『WinDIA』なるフリーソフトが配布されていますが、今回はあえて

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方眼紙、つまり手書きで再現していくことにします。1ミリの隙間を縦軸は距離、横軸を時間と設定します。1ミリで100メートル、1ミリで1分にしたところA4サイズの紙では足りないという事態に。急遽紙を継ぎ足し、書き記す際のことも考えコンビニでコピー。B4サイズとなった方眼紙を一気に貼り付けていきます。

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…長いなぁ。24時間分になったのでほぼ2メートル分の長さとなりました。あとはここに記載していくだけです。…そう、ここまでは楽しかった。夢の様な世界、私が中学生の頃体験していたバブル経済を思い出すかのような順風満帆の世界がこの時広がっていました。しかしその世界は即座に打ち砕かれることとなります。

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書き始めたのは1月の8日、世間では成人の日として大人の世界へ一歩踏み出した若者を祝う日です。その祝う席で酩酊した少年が起こした事件を『未成年だから』という理由で「19歳の少年」と伝えるテレビの報道はどうなんだろう?…なんて思いながら赤いペンを紙に走らせます。ちなみに赤いペンは熊本方面へ向かう『リレーつばめ』・『有明』号を示しています。そう、この頃はまだ『大変だけど頑張るぞ!』という思いがありました。

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1月9日、順調に見えたラインの記載が徐々にヤバい状態になってきました。よく考えれば『リレーつばめ』だけで片道31本、これに『有明』が15本。単純に往復したとして92本の線を書き連ねなければいけないワケです。好きで始めた行動なのに何故か思い浮かべるのは『行き当たりバッタリ』で進めてしまったという後悔の念。それに追随するかのように過去の過ちが脳内に溢れ出します。…ああ、あの時きちんと告白しておけばよかったとか、あの会社に入社しておけばこんなことにはならなかったとか。

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1月10日、作業の進展を加速させた途端に間違って記入。ああなんて事をしたんだ、とまた自分を責める始末。しかし責めていても始まりません。まだまだこのダイヤグラムに書き込まなければいけない列車は沢山あります。長崎本線へと向かう『かもめ』に佐世保へと向かう『みどり』、森の家へと向かう『ハウステンボス』、久大本線経由の『ゆふいんの森』『ゆふ』『ゆふDX』、そして忘れてはならない夜行列車の『あかつき・なは』と『はやぶさ』…。

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煌々と照らされる明かりの中、私は何時の間にか眠っていたようです。『思わず手元にカメラがあったので撮影してみた』と兄に言われ、画像を確認。その時苦悶に満ちた表情からは一体夢の中で何があったのだろうかと思えるほど。

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そして1月11日。ここで大いなる決断を私はすることにしました。『今回は普通列車の記載を取りやめて優等列車のみの記載にする』…。事実上のドクターストップです。

やられました。JR九州にコテンパンにやられてしまいました。

特急王国と言われて久しいあの鹿児島本線に。K-1に例えるならば『曙』、紅白歌合戦に例えれば『DJ OZMA』。思えば無謀な戦いだったのかもしれません。しかし、無謀な戦いとはいえまだ終わらすわけにはいきません。『例え倒れる時でも、必ず前のめりに。』勇者特急隊もそう語っています。そして深夜23時24分…

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九州旅客鉄道株式会社鹿児島本線・博多~鳥栖間優等列車用ダイヤグラム、堂々完成!

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…長かった、本当に長かった。思いつきが元で始めたこの行為、誰からも褒められるわけでもなく、ただ純粋に書き連ねた行為が今ひとつの形としてこの世の中に現れました。形にして気づいたのですが、この一本のラインには必ず人が携わっています。乗客の皆様だけでなく、運転手さん、車掌さん、客室乗務員さん、そしてお客様…。そう、このラインは人生に関わる大きなラインなのだということ。鉄道会社のダイヤ担当者の方々はその思いを乗せてこのラインを引いているのかと思うと何故だか急に胸が熱くなってきました。

…人の英知が結集されたこのダイヤグラム、私は彼らの思いを感じつつ今年も『鐵の道』に精進してまいります。

 

 

(オマケ)

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あのままだとジャマなので、とりあえず丸めてみました。なんだか卒業証書みたい。

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時を書き写す

ご案内:2007年1月26日19時38分に「時を書き写す実践編」へのリンク、ウィキペディアへのリンクを追加しました。

   鉄っちゃんの『バイブル』と言えばもちろん時刻表。

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鉄道の情報のみならず、国内外の航空にバス、フェリーの時刻、そしてホテルやレンタカー会社などの電話番号に舞台芸術のチケット情報等々様々な情報がぎっしりと詰まっている情報の玉手箱。情報量の多さと反比例するかのような1050円(税込)という低価格ぶりと適度な厚さによって急場の枕代わり…と、まぁ色々な使い方があります。私なんかはこの時刻表一冊あれば2時間程度は遊んでいられます。一人ぼっち、し放題です!おーい、誰か助けてくれー。

 しかし最近伝え聞いた情報によりますと、時刻表を読めないという人が増えてきているそうです。確かに現在は携帯電話をピピピッといじって乗換え案内を導き出しますから、それなりに読む機会というのが無くなってきたのかも知れません。時代の流れと言ってしまえばそれまでなのですが、ちょっとそれは寂しすぎます。そこで今回は時刻表を取り上げます。

 市販されていたり、ダイヤ改正(会社によっては改正ではなく改定や修正など色々な言葉で表現しています)する度に配布される路線を限定した時刻表、そして駅構内などに用意されている到着時刻が記載されているボード、これらは本来業務用として使われているものを判りやすく標識化したものだというのは意外と知られていません。

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(左:大阪駅で配布されていた時刻表、右:南海電鉄住吉大社駅構内の時刻表)

その業務用のダイヤ、本来の名前は『ダイヤグラム』と言います。その時間にどの列車がどの位置を走行しているのかが一目瞭然、とっても明快に判るものになっています。(ウィキペディアのダイヤグラム説明はこちら)。しかしプロでも鉄ちゃんでもない人間がいきなり渡されて、どこにどの電車が走っている?と聞かれたってサッパリわからないのがオチです。ちょっと解説していきましょう。

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ダイヤグラムは縦軸で路線全体の距離と各駅間の距離、横軸で時間の経過を表しています。その間にラインを書き入れる事によって該当する列車がその時刻にどの場所を走行しているかを示しています。鉄道会社や列車の運行本数、路線の駅数によって間隔はバラバラになっていますが、どの鉄道会社も基本的な構造は同じです。それでは実例を挙げて詳しく説明してまいります。

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この図面では2時間に3本の列車が走行しています(えらいローカル線やなぁ…)。そのうち②の列車は各駅の間が水平になっています。この状態を『停車』と表します。また①と③は全ての駅を通過している設定ではありますが、同じ距離でありながら走破する時間が違います。これはそのダイヤで走行している列車の性能や路線の特性、単線区間での行き違いなどを考慮してのことです。ちなみにこの状態のことをプロは『(スジを)立てる』『(スジを)寝かす』と表現しています。④の駅間は①と②の列車が交差していますが、こういう表記は路線が複線でなければ出来ません。単線の場合だと正面衝突を引き起こしてしまいます。

…このようなダイヤグラム、作り出すのは結構大変な作業になるそうです。今回、このネタを調べている最中にふと思いました。…私の様なアンポンタンな人間はダイヤ制作者の方々の苦労をまったく理解していないのではないか。その苦労を知らず頭ごなしにアレだコレだと言ってはいないだろうか…と。それならば現場の人たちの苦労を理解する為に、一度ダイヤグラムを書き起こしてみよう。書き起こす事によって彼らの苦労を分かち合えるのではないだろうか。

…さぁ、いよいよ本題に突入です。(実践編はこちらをクリック)

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2007年1月 5日 (金)

貴志駅とビートルズの関係

 皆さんは『和歌山電鐵』という会社をご存知でしょうか。

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ちょっと前までの名称『南海電鉄貴志川線』と言えば思い出す方もおられるでしょう。JR和歌山駅を起点として紀の川市(旧貴志川町)までを走行するこの路線、地方都市の公共交通が共通して抱える「自家用車の利用による乗客の減少」が進み、一時は廃線されると報道されました。しかし地元の方々の熱意によって廃線は免れ、現在は上下分離方式(鉄道資産を自治体が所有し、鉄道会社は運営のみ担当するやり方)による運行となっています。

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(左:和歌山電鐵貴志川線の開通記念告知、右:和歌山電鐵の車両、7月に撮影)

 現在この和歌山電鐵の車両は両備グループのデザインを担当している水戸岡鋭治氏の手により『いちご電車』として次々とリニューアルされています。どうして和歌山なのに『いちご電車』なのか。それはいたって単純な理由です。この終着駅の貴志駅周辺が和歌山県内では有数の苺の産地だから…なんだそうです。

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(名産品の苺をモチーフとしたエンブレムがきちんと作られている。ここらへんが水戸岡イズム)

そのため貴志駅に到着する際にはかのビートルズの名曲「Strawberry Fields Forever」が流れます。…正直言いますと、この話をウィキペディアで知りまして『いや、そこまでせんでええやろ』と突っ込んでしまいました。「Strawberry Fields Forever」という歌は到着用のチャイムとしてはあまりにも地味なメロディラインで、現地で私も聞かせていただきましたが、聞いた際に違和感を大きく感じてしまいました。

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(左:和歌山電鐵貴志川線貴志駅、右:駅舎に飾られている園児たちの絵画)

…でもこの歌、単に「苺」つながりで採用されたというのではありません。この「Strawberry Fields Forever」というタイトルを検索したところ、盛岡タイムズさんのある記事が検索されました。そこにはこう書かれています。

『ジョンが歌う『ストロベリーフィールズ フォーエバー』は、「生まれ育ったふるさとを決して忘れてはいないよ」というメッセージだった。』(出典:盛岡タイムス「〈杜陵随想〉伊能専太郎 「ストロベリーフィールズ フォーエバー」

この意味を理解した瞬間、<和歌山電鐵が考えているこの路線のあり方>というのが氷解していきました。まるで雪山に春を告げるふきのとう。せせらぎと共に水へと役割を変えていく雪の如く私の身体を駆け抜けていったのです。そう、このメロディは何も考えずにつけたのではない、この路線を愛してくれる沿線住民の『故郷』を守るという意志をこのメロディに乗せて発表したのでしょう。

泣きました。

…こう言い切ると偽善者だと揶揄されるかもわかりません。でも泣いてしまったんだから仕方ありません。もし意識してこの曲の採用を決定したのならば、この和歌山電鐵の親会社である岡山電気軌道、そして両備グループ会社はとても粋なことをしてくれる会社なのかもしれません。

 

 

<追記>今日、この貴志駅に駅長さんが就任しました。その方の名前は「たま」。日本初となる三毛猫の駅長さんです。助役さんは母親猫のみいさんとちびさん。終身雇用だそうで。勝手に「駅員になっちゃった」例はいくつか知っていますが、会社側が認めるとは思いませんでした。…粋だねぇ。

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2007年1月 1日 (月)

あけましておめでとうございます

新年明けましておめでとうございます。

…と言いましても、トップの画像は紅白歌合戦が始まる前に更新してしまいました。見事なフライングでございます。こんなうっかり者で先を読みすぎる性格を何とかしないといけません。皆様に鼻で笑っていただける<ひょっとこ>な記事をお届けできるよう精進してまいりますので、これからも皆様からのご指導ご鞭撻の程宜しくお願い申し上げます。

 2007年元旦 レールウェイコンシェルジュ あすやん。

 

 

<オマケ>

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(昨年記事にしようとして出来なかった某テレビ局の写真。ウルトラな人が結構かっこいい)

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